【猫探し】scene6🐈‍⬛ピノ魔界探偵社より


人気ブログランキング

f:id:solz29dq10:20220307141206j:image

靄(もや)のかかったなだらかで広大な台地には、黒い沼が点在している。湿地帯一面を覆い尽くす背の低い草が一斉に風になびいた。

f:id:solz29dq10:20220308130412j:image
あまり訪れる者もいないのか、簡易な石畳の道は草に覆われ、足元もおぼつかない。
ピノエルガーは、一際高い場所にポツンと建つ古びた家を目指していた。
「ここだね。間違いようが無い」
ピノは独り言のように呟いて、約束の時間に扉をノックする。程なく扉が開いて、ランディスが黙って二人に中へ入るように促した。
ピノはそのまま、ランディスと共に家の中へ入って行く。
一歩遅れて、扉の取っ手に手をかけたままのエルガーが外に視線を向けると、そこには既に、数人のゼクレス軍警察が家の周りに潜んでいた。
部屋の中には、沢山の絵画と画材が所狭しと置かれている。何処かで見た事があるような絵画が無造作に壁に立てかけられていた。

f:id:solz29dq10:20220308130536j:image
ここは、間違いなくランディスの贋作工房だった。
その中央で、デッサンイーゼルにきちんと立てかけられた二枚の絵画が二人を出迎えた。
『猫』と・・・『猫』
想像での確信が現実となって目の前に突きつけられ、エルガーは憤慨しランディスを睨みつけた。
「やはりお前が持っていたんだな!」
ランディスエルガーの怒鳴り声など全く相手にせず、足を引き摺りながら絵の側に歩いて行き、その場でこちらに振り向いた。

f:id:solz29dq10:20220326134954j:image
「私は贋作師だよ。二枚とも贋作かもしれんよ」
俯き加減だったランディスは、ゆっくりと顔を上げ、ヒタとピノを見据えた。
事務所にいた時と違い、殆ど表情を変えずに思案するピノは、いつもよりずっと大人びて見えた。
「で、私達にどうしろと?」 
ランディスが話す気があるのは、どうやらピノだけらしい。皺の刻まれたその顔にうっすらと笑みを浮かべると、絵の中心より少し後ろに置かれた椅子にゆっくりと腰掛け話し出した。

「この二枚の『猫』、片方は本物、片方は贋作かもしれない。そこでピノさん、私とゲームはどうだろう?もし貴方が贋作を見分ける事が出来たら、私の悪事の全てを白状しましょう」

ピノは無意識に腕を組み、右手を顎に当てた。思慮深い黒い瞳が、宙で止まる。
エルガーが隣で口を挟んだ。
「お前が負けたとして、真実を白状する保証は?」
それを聞いたランディスは、ピノを真っ直ぐに見つめ力強く話した。

「私は、プライドを持って贋作を描いてきた。絵画の事に関して、嘘はないと誓おう」
隣ではエルガーが皮肉たっぷりにランディスをなじった。
「贋作師が『絵画の事に関して嘘は無い』だと?」
しかし、ピノランディスの誘いに乗るつもりらしい。

「へぇ、心が躍るじゃないか・・・」

その言葉を聞くと、ランディスは嬉しそうに説明を始める。
「よろしい、時間制限はこの砂時計の砂が落ち切る十分間」
ランディスは、椅子に座ったまま手を伸ばし、側の棚にあった砂時計を掴んだ。
「右の『猫』か左の『猫』どちらかが贋作、もしくは両方か。本物か贋作か、正確に当てられたらピノさんの勝ちで、私の負けだ」
そうして、さも楽しそうに手の中で砂時計をひっくり返し、また元に戻す動作を繰り返す。
「私が勝った場合、本物の『猫』は永遠に見つからないかもしれない」
ずっと贋作を作り続け、その存在すら贋作になってしまった男は、今、ピノを前に初めて自分の存在を噛み締めていた。
「では、ゲームを始めよう。私は絵画越しに悩むピノさんを見学させて貰おう」
そして、手に持った砂時計をひっくり返し、コトリと棚の上に戻した。
微かな音をたてながら、砂が時を刻み始める。

ゲームが始まると、ピノは絵画に近づき、独り言のようにつぶやく。
「まずは、二枚とも贋作の可能性。それではゲームにならない」
ランディスエルガーの視線は、ずっとピノに向けられている。
「『猫』盗難で逮捕を避ける為の嘘」
絵画の前でゆっくり二つを見比べるピノに向かって、ランディスはわざと混乱させるように呟いた。
「しかし、コントレートの制作日記が見つかり、書籍化された事は驚いたよ。しかも、完璧だと思っていた作品『夜』が、『夜と猫』というニ枚一組の作品だったとは」
ピノはその話題には乗らず、絵画に集中していた。
「絵画の細かい違和感を見つける、常に違いを見つけてきた僕には造作もない。本物の『夜』なら細部まで記憶している」
絵画を挟んで、ランディスの緊張が伝わる。
依頼人から渡された『猫』の写真を参考に『夜』で見た作者コントレートの癖と照合し、本物の『猫』を選択する」
ピノの言葉を遮るように、ランディスは喋った。
「『猫』の贋作を作り、完璧な私の作品『夜と猫』を作りたいという衝動が抑えられなかった。あの本を読み、真実に気づいてから一年。『猫』の所在を見つけるのにどれだけ苦労したか・・」

f:id:solz29dq10:20220326135103j:image

ピノは、絵画にじっと顔を近づけ、キャンバスに触れるか触れないかの距離で指を動かしていく。
「右の『猫』は左の『猫』に比べて髭の先が僅かだが短い。違和感を感じる」
そのピノの言葉が言い終わらないうちに、ランディスは呟く。
「このゲームに勝った暁には、美術館に私が知る『夜と猫』の真相を話し、『猫』を善意で寄付するつもりだよ。私の『夜と猫』が完璧な形として二枚並び、美術館に飾られる様はさぞ壮観だろう」
ジリジリとしていたエルガーの焦った声が響く。
「残り五分だ!何かわかったか?ピノ。」
しかし集中しているのか、エルガーの問いにピノの反応はない。
「くっ・・、集中すると周りが見えなくなるのは悪い癖だぞ!ピノ・ガール!」
しかし、フルネームで呼ばれてもなお、エルガーへの反応はなく、絵画の鑑定が続いた。
「右の『猫』は左の『猫』に比べて若干色が濃く、漆黒の毛並みを綺麗に表している」
ランディスは言葉をかさねる。
「あぁ、残り三分。・・実に楽しみだ」
ピノも続けて呟く。
「右の『猫』は左の『猫』に比べて瞳に僅かに筆の跡が残る。・・何故だ」
ランディスは砂時計を見て、勝ち誇ったようにピノに問う。
砂が無情に流れていく。
「さぁ、ピノさん!答えは分かったかな?残り一分」

そろそろ時間だ。ピノは、絵画を見る為に屈めていた腰を伸ばした。そして、絵を見つめたまま眉間に皺を寄せ、後ろに居るエルガーに向かって文句をついた。
「エル!フルネームは呼ぶなと何度も言ってる!」
その時、最後の砂が流れ落ち、小さな砂の山は動きを止めた。

 

「右の『猫』は贋作、左の『猫』が本物だ」
ピノは左の絵画を指し示す。確固たる声が、部屋の中に響いた。
それから少しの沈黙があり、エルガーは答えを問い詰めようとランディスの顔を見た。血の気が引いて、より一層老け込んだその表情に、エルガーは言葉を呑み込んだ。答えを聞かなくてもわかった。ピノの勝ちだ。
f:id:solz29dq10:20220326135145j:image
ランディスは愕然とし、信じられないと目が泳がせながらピノに尋ねた。
「な、何故分かった」
それが、全てを認めた答えだった。
カランッと音を立てて、椅子に立てかけられていたランディスの杖が床に転がった。誰も杖を拾おうとする者はいない。椅子の肘置きに添えられた手が、小刻みに震えているのが見てとれた。
「私の作品は完璧なはず。貴方が先程述べたような違いなど無い!」

ピノは静かに深呼吸をした。
「そう。さっきのは、鑑定ではなく、推理です。絵に些細な違いはあったが、僕の絵画の知識では正解に迫れなかった。重要なのは、貴方の前で絵画の評価をする事でした」
絵画の前に立ったピノは、本物を見破られ現実を受け入れられない小さな老人を、見透かすような黒い瞳で眺めた。
その背後のエルガーピノに疑問をぶつけた。
「どういう事だ、ピノ?さっき絵画に集中して周りが見えてなかったのは演技か?」
ピノが肩をすくめて軽く右手を挙げると、ミストグレーのインバネスが、ハラリと捲れた。
「いや、集中はしていたさ。エル、君には助けられたよ」
エルガーは心当たりが無いと言うように怪訝な顔をした。
「私が最も集中して見ていたのは、貴方の表情ですよ。」
そう言って、ピノは床に転がったままの杖をそっと拾い、ランディスに差し出した。
「貴方はとてもプライドが高く、承認欲求の強い人だ。自分が描いた贋作を褒められれば僅かに口角が上がり、貶されれば眉間に皺が寄る」
ランディスは軽く目を見開いて、黙って杖を受け取った。
「更に、エルの『絵画に集中しきって絵画以外をみていない』という私に対する発言と時間の経過から生じた余裕で、貴方の表情は徐々に緩む」
後ろで話を聞いているエルガーは、今はただ俯いて腕を組み、この事件の決着を待っていた。
「特に完璧に仕上げたはずの贋作に、有るはずもない違いを指摘され、相当苛立ったのでしょう?表情の変化は顕著でした。正解率50%の問題を解くには充分でしたよ」
ランディスは空いた左手を額に当て、被りを振った。
「貴方は、絵画には必ず作者の魂が現れるとおっしゃった。まさに、その通りでした」
ピノの声が、少しトーンを下げる。
「貴方の傲慢な魂が現れていました。絵画にではなく、表情に、ですが」
ピノは贋作の方の額縁に手を添えて、再び『猫』を眺めた。
「贋作という事が分かっていれば、専門機関で適正な人材が鑑定すれば、すぐに結果が明らかになるでしょう」
f:id:solz29dq10:20220326135441j:image
ランディスは約束通り『「ネコの誘拐」と「絵画のすり替え」を窃盗団に依頼した罪』を認めた。
エルガーが黙って家の扉を開けると、外で待機していた軍部警察が部屋に駆けつけ、すぐさまランディスを捕縛した。
あまりの手際の良さにピノは驚いたが、それについて何かを言う事はなかった。
軍部警察と、ピノエルガーの少しのやり取りの後、ランディスは連行される事になる。エルガーはその背中に疑問を投げかけた。
「何故こんな手間のかかる犯行を計画したんだ?」
するとランディスは立ち止まり、少しだけ身体をこちらに向けて答えた。

f:id:solz29dq10:20220326135528j:image

「あの家には、少女がいたでしょう?絵画が無くなれば少女が悲しむ。窃盗団に盗ませた本物の絵画は、贋作が完成した際には少女の家に戻すつもりでした。その為の依頼も既に別の窃盗団にしてあったのですよ」
エルガーは、酒場のマスターが教えてくれた羽振りの良い窃盗団が二つあった事を思い出した。 
「昔、贋作を作成したと言ったでしょう。私にもプライドがあった。贋作を作る際に2つの条件を自分に課したのです。」
ランディスは、饒舌だった。ずっと誰かにこの思いを聞いてもらいたかったに違いない。
軍部警察も、黙って話すままにさせておいた。
「一つは、作品の詳細が残っている作品。もう一つは、何らかの原因で失われてしまった作品。私は、贋作とは言え失われた作品を復活させた。その絵画を見て人々が喜ぶ姿が嬉しかった。特に絵画を見る子供達の瞳はどんな作品よりも美しい。いつか、この子達が画家を目指してくれたら・・」
そう言って、目を細める。
「しかし、贋作が次第に評価され、金銭を受け取る罪悪感も薄れ、私は歪んでしまった。・・それを先程ピノさんに気付かされました。・・私の作品は、傲慢な魂に満ちていた」
ランディスは、肩の荷が降りたような、穏やかな表情をしていた。

その時、不意にピノランディスに駆け寄り、何か耳打ちをした。ランディスは笑って頷くと、扉に向き直り、静かに軍部警察に連行されていった。

     🐈‍⬛次回エピローグ🐈‍⬛


ドラゴンクエストXランキング

   🌹今日のサービスショット🌹

f:id:solz29dq10:20220326172900j:image

撮影の合間のおふざけ✨
f:id:solz29dq10:20220326172903j:image

     🌹前回までのお話🌹

scene1

https://solz29dq10.hatenablog.com/entry/2022/03/28/052222

scene2

https://solz29dq10.hatenablog.com/entry/2022/03/30/052316

scene3

https://solz29dq10.hatenablog.com/entry/2022/03/31/051818

scene4

https://solz29dq10.hatenablog.com/entry/2022/04/01/052344

scene5

https://solz29dq10.hatenablog.com/entry/2022/04/02/053815

 

ポチッと応援お願いします。

小説、ブログの感想を是非聞かせてください!

 

次回 エピローグ

       お楽しみに🌹


ドラゴンクエストXランキング