イフリーテの術によって、風の神殿は出来上がったばかりの頃に姿を戻し、オアシスも綺麗な水をたたえている。村存続の危機があったなどとは知らない村人達は、気楽に元の生活を初めつつある。
サマリが神殿の上に住めなくなった他、村人達の住まいも特に大きな変化は無いと思われていたが、もう一つだけ例外があった。
村長宅の離れにある、長老の住居だ。
よく言って半壊。どう見ても全壊。もっと正確には、家を構成していた石の部分が全て消失した。
村長一家が帰宅した時、見慣れた離れが綺麗さっぱり消え、砂地になっている様を目の当たりにして途方に暮れた。長老の私物の羊皮紙や木簡・食材だけが散乱し、そこに家があった事を物語る。
驚きはしたが、すぐに理由が思い当たる。それもそのはず。長老宅は、彼らの先代が崩れた神殿の石を勝手に持ち出して作った、村で唯一の石造りの家だからだ。先代の罪を自分たちが被った状態であり、彼らは騒ぎ立てる事が出来なかった。
「だからサマリが居なくなったら困るのだよ」
長老はラウダに睨まれながらもまだブツブツと文句を言い、荷物を掻き集める。しかし、最初の時より口調は穏やかで、既に頭ではサマリの旅立ちを納得している様子だった。
しばらくの間、長老は私物の片付けをしながら息子や孫達と同じ屋根の下で過ごす事になりそうだ。
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村を出ると決めたら、既に家のないサマリはここにのんびりしている必要も無かった。長老を手伝って片付けをしたい気持ちは山ほどあったが、ラウダに止められた。
「さっさとマッカへ行った方がいいわ!もぅ、すぐおじいちゃんはサマリちゃんを頼ろうとするんだから」
そして「たまには帰ってきなさいよ」と取って置きの甘いお菓子をくれた。サマリとラウダはお互いに笑顔で見詰め合うと、手を握って再会を約束した。
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親切な村人から保存食を手に入れて、サマリは浮き浮きしながらサーリーと他愛ないお喋りを楽しんでいた。
「いい加減親父も心配してるだろうから、帰らないとな」
と、サーリーはさらりと重要な事を言い、サマリを慌てさせた。
「そうよ!何も言わず出てきちゃったんじゃない。早く帰って安心させてあげないと!」
二人は食料の他には殆ど荷物も無く、身軽な身の上だ。瞬く間にサマリは旅支度を整え、何時でも出発出来るようになった。
「私、最後に行きたい所があるの」
サーリーは快く頷き、村のはずれまで付いて行った。
「しばらく、来られないから」
そこは村の墓地。大きな碑石の下に、大勢の村人達と共にサマリの両親も祀られて居るのだ。
「この腕輪を持っていた両親がどんな人か知りたいの」
そう言って、サマリは両腕の金の腕輪をさすった。
「マッカに着いたら、もう一度イフリーテ様にお会いしたい。秘宝を所持していた両親が、どんな人だったか知りたいの」
サーリーは、サマリの想いは当然の事だと思った。皆自分の出自を知りたいと思う。ましてや、サマリは精霊と言葉を交わす能力がある。
サーリーはマッカで沢山の孤児を見てきたが、サマリは全く雰囲気が違った。荒んだ所がなく、浮世離れしているのは、やはり特別な出自なのだろうか。
マッカに着いたら、そのまま家に迎えようと単純に思っていたサーリーだったが、考えを改めざるを得なかった。
サマリは、傍らの花を一輪摘んで来て、碑石の前に供えた。サーリーはそんな姿を穏やかに見詰め、ぽつりと言った。
「サマリの旅は、マッカに着いても終わらないんだな」
後ろからかけられたその言葉に、サマリはゆっくり振り向いてサーリーを見上げた。
「そうね、まだ終わらない。どんな結果も、受け入れるわ。今までの生活に比べたら、なんて自由で素晴らしいの?私、今、とてもワクワクしているの」
紫色の瞳は活き活きとして、吸い込まれそうだ。
本当にこの娘は鳥の子だ。
ようやく自由を得て、飛び立とうとしている。
「戻ろうか」
まだ旅立ちの挨拶が残っている人が少し居る。
サーリーが手を差し伸べると、サマリは少し戸惑ったあとそっと手を重ねた。
重ねられた手を軽く掴んで引き上げると、サマリはふわりと立ち上がる。金の髪が風になびいて、一瞬顔を隠した。
再び現れた白い顔は少しだけ紅潮していて、サーリーを戸惑わせた。
続く