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長老の頭には血が昇っていた。こんな混乱したのはいつ以来か。
サマリが、村を出ると言う。しかも、この突然現れた青年と。
「この先の研究の助手はどうする?神殿の巫女も必要だ。この老い先短い私を置いて行くのか?」
最初は穏やかな説得も、言葉を紡ぐにつれ怒りを抑えきれず、きつい口調となった。最後の方ではもう自分でもこじつけではないかと頭の後ろで違和感を感じていた。とにかくサマリを引き止めたい一心であった。
サマリは身を小さくして、ひたすら長老の激情が収まるのを待って辛い時間を耐えていた。
隣に付き添っていたサーリーは何度か反論しようと身を乗り出したが、サマリは小さく首を振り、黙ってサーリーの服の裾を掴んでいた。
長老の言い分も尤もだと思うのだ。赤ん坊の頃から世話をしてくれて、村人も知らない文字を教えてくれて、誰よりも可愛がってくれたと思う。
裏切るのか?と、恩知らずと、そう言われればその通りかもしれなかった。だから、長老の言いたいことは全部聞くだけ聞くつもりだった。
もし、オアシスの事が無く、ソルがまだ傍にいたら、何の疑問も無くこのままこの村で歳を重ねていったはずだ。
けれど、今は違う。マッカの街をこの目で見て、炎の神殿でイフリーテに会った。ソルも、自分の還るべき場所へ戻って行った。
それなら、私は?
サマリはおおよそだが十八、十九歳になろうとしている。もう婚期も過ぎた一人前だ。女だけれど、孤児の自分は全て自分の裁量で生きて行かなければならない。外の世界へ飛び立ちたい。身を守る術はあり、一人で生きていける自信があった。この気持ちを抑える事は出来なかった。
「長老、本当にごめんなさい。出来れば、快く送り出して欲しかったわ」
長老に恩はある。けれどこれだけは譲れない。サマリはそろそろ話を切り上げて、部屋から出ようと思い始めていた。
「サマリ、家なら新しく作ってやるし、なんなら伴侶も探して来よう。スウードはどうだ?歳が近い。カーミルでも良いぞ?」
そう言って、勝手に自分の孫の名前を出してくる。
「え、あの・・・」
兄のような二人を伴侶などと考えたこともない。
「いえ、必要ありません。サマリは俺がマッカへ連れて行きますから」
耐えきれずにサーリーは割って入り、一触即発の状態に。
(ずっと一緒にいるなら、この人の隣が良い)
サマリは、急にそんな考えが頭をよぎり気恥ずかしくなる。まだ掴んでいたサーリーの服の裾からそっと手を離し、胸の前で手を組んだ。
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そこに、サーリーの声を聞きつけた孫娘のラウダが、バタン!と大きく扉が開けて入って来た。
「もう、いい加減にして!おじいちゃん!」
ラウダが見兼ねてサマリと長老の間に割って入る。
「ラ、ラウダ、いつも扉はノックしてからと・・・」
長老は顔を顰めて叱ったが、ラウダはそんな事聞いちゃいない。腰に両手を当てて、仁王立ちしている。
サマリは、ラウダの登場に心底ほっとした。
この村で唯一長老に異を唱えられる存在、それがラウダだった。
サマリの唯一の女友達であり、長老の孫娘である。
「おじいちゃん、ずるいじゃない!自分は若い時に神殿に勉強しに行ったって自慢するくせに、サマリちゃんがマッカに行くのは止めるつもり?」
サマリの肩を抱き締めて、顔だけ祖父へ怒りの形相を向けるラウダは迫力があった。
「さっきから聞いてれば、おじいちゃんは自分の事しか考えてないじゃない!」
どうやら、ラウダは最初からずっと扉の向こう側で聞き耳を立てていたらしかった。
「大丈夫よ、サマリちゃん。親友のあんたと別れるのは辛いけど、好きな所で生きたら良いのよ」
そう言って、ラウダはいつもの屈託のない笑顔でサマリを見た。
「ラウダちゃん、ありがとう」
サマリは心強い親友に背を押され、気持ちも晴れやかにラウダとサーリーを交互に見上げた。
その後長老は延々と孫娘に説教され、サマリの出立を渋々了承する事になった。
続く
参考)長老 の一家
子供 村長 と、妻
孫 長男 アンワル
次男 カーミル
三男 スウード
長女 ラウダ
四男 デイヤー