67.精霊信仰の在りか


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村総出の大移動が決まり、オアシスの村は上や下への大騒ぎとなった。しかし、まだ日蝕まで約10日あり、ナージフとイブンが乗った幌馬車と駱駝が到着していない。

神殿に近ければ近いほど被害が出る可能性がある、というサマリの言葉に従って、皆なけなしの家財道具をまとめ始めていた。

村人達は腹を括ったのか、それほど暗い様子も見られず、子供達などは何か祭りが始まるのでは無いかと言うくらいのはしゃぎようだ。

元々、神殿と長老宅以外は簡素な造りの家ばかり。乾季の砂嵐、雨季の鉄砲水など、毎年自然災害で壊されてはまた作る事を繰り返しているので、仮にもし家がなくなったとしても、また作れば良いと思っている者が多かった。

ただ、病人と老人を抱えている家はそうも言っていられず、サマリの所に馬車に乗れるかどうかの算段をしにくる家族が絶えなかった。

日が傾き、ようやくサマリは村人から一度解放された。

サーリーはラウダと共に村長宅の夕飯の支度を手伝いに行った。男が台所に入る物珍しさから、村長の家族は皆サーリーを構いたがった。

一方、サマリは長老宅へ。

長老の部屋の片付けの手伝いである。

「時間に余裕があるに越したことはないと思って色々急いだけれど、あと十日もこんな不安な気持ちを抱えて過ごすなんて気が滅入りそうだわ」

と、サマリは長老の隣でふと愚痴をこぼし頭を抱えた。

「そんな心配せずとも良い。鳥の子はよくやっておるからな」

長老は散らばった羊皮紙を丸めながら、荷造りをしている。この神殿研究に関する資料を残らず運び出すつもりらしい。

日蝕は長年生きてきたワシもあまり記憶にないな。しかも皆既日食となると・・・」

長老は残念そうに腕を組み、考え込んだ。 

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「今回日蝕がある事は、イフリーテ様に教えていただいたのだけれど、マッカの神殿には正確な暦があるそうよ」

いつかまた神殿へ勉強に行きたい、と話が脱線して片付けが中断してしまう。二人はふとそれに気がつき、顔を見合わせて笑った。

マッカの街もオアシスの村も、太陽を神と信じているが、絶対神ではなく、どんな場所にも神は宿り精霊もいたとされてきた。マッカの神殿は神や精霊を祀る場所であると同時に学びの場であり、日蝕が神の仕業ではなく世界の理なのだと言う事を暦によってそれとなく知っていた。

数十年前の地震で、神殿が修復不可能なまでに壊れてしまった事、精霊の言葉を伝える巫女が生まれなくなった事、例を挙げればキリがない。神殿で昔学んだ長老がオアシスの村を治め始めた頃には、皮肉な事にこの村の人々はあまり精霊信仰をしなくなっていた。また、サマリが育つ頃から砂漠の魔物の被害が不思議なくらいパタリと止んだ。平和な日常に神は舞い降りない。発展を遂げる途中、神や精霊の存在は緩やかな時の流れに置いて行かれた。

村人が、精霊を信じて動いてくれて良かった。

その話をすると、長老は少し声を落とし、

「実際既に、オアシスの異変が目に見える形で起こっていたのだよ。皆不安が募っていた。だからサマリの声にも素直に耳を傾けたのだろうね」

と教えてくれた。自然の脅威の前でこそ、人は何かにすがりたくなるものだ。

「それを言ったら、オアシスが枯れそうなのは私が神殿の上にソルと住んでいて、リヤハ様を怒らせた事が原因なのよ。私の・・せいだわ」

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命の種の話は流石に踏み込んで話す事は出来なかったけれど、原因を作ったのは自分なのだから、非難されても当然だとサマリは項垂れた。この旅の始まりから、いやもっとずっと小さい頃から感じていた後ろめたさ。気がついた時にはそういう生活をしていたのだが、やはり自分を責めてしまう。

「私はやはり『鳥の子』で、人間の世界で生きていてはいけないの?」

ずっと心に留めていた事を、サマリはとうとう長老の前で口に出してしまった。

「な、何を言うか、鳥の・・、いや全ては私が悪いな。サマリ、実はお前に言っていない事がある。お前を見つけた時の話だ。聞いてくれるか」

長老は、羊皮紙を脇に置き、立ったままサマリをギュッと一度抱きしめて頭を撫でた。そして、少し長くなるからとサマリを座らせた。

急な事に驚いて、サマリはただただうなづき、言われるままにその場に座った。 

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長老は色んな記憶を手繰り寄せるように口髭を撫でながら逡巡すると、ゆっくりと当時の事を語り始めた。

         続く


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