「オアシスが見えない場所まで」
というサマリの指示の元、村長を中心として村人達はなけなしの財産を手に村を出た。
寝たきりの老人や病人を馬車に乗せ、向かう先は村人達が普段岩塩を取りに行く山の麓。村から大人の足で約半日の距離である。
イブンは幌馬車の御者台を村人に託し、自分は徒歩で傭兵の仕事に精を出す。元気で準備が整った者は、イブンの隊に先行して村を出発した。
後続のナージフの隊に、長老を始めとする村長の一家。それに、サーリーも付いて行く事になり、サマリとソルだけが、村に残る手筈となった。
「サマリちゃん!本当に一人で残るの?」
泣きそうな顔でラウダがサマリにすがろうとするが、サマリはその手を取り、笑って村の外を向かせた。
「心配いらないわ。全てが終わったら、知らせに行くから向こうで待ってて」
次男のスウードがラウダの肩を抱き、もう行こうと促す。
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その時ふと風と気配を感じて視線を上げると、上空にイフリーテとリヤハが連れ立って浮いているのが見えた。
「リヤハ様!イフリーテ様!うそ、明日じゃないの!?」
心の中でサマリは叫んだ。
傍らのソルがそのまま舞い上がり、二人に挨拶をし始めたが、村人達に気が付いた様子はない。
(やはり姿は私とソルにしか見えないのね)
サマリは少し強引に、ナージフに出立するよう促した。
「長老、宿屋のおじいさんはアンワルに任せていいよね?みんなは先に行って!!」
長老がサマリを心配そうに見つめる。
「大丈夫!お願い、急いで!」
上は気になるし目の前の村人も心配、サマリは焦りまくってきていた。出来れば面倒なことになる前に、村人達には早く出ていって欲しい。
先程からサーリーの姿が見えないが、デイヤーの相手でもしているのかもしれない。
サマリはナージフへ全てを任せ、挨拶もそこそこに、神殿の自分のかつて住処だった場所へと走っていった。
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どこにでも必ず、頑固で言うことをきかない者は一定数居るもので、それがこのオアシスの村では宿屋のおじいさんであった。
村人のほぼ全員が出発したのに、おじいさんだけはガンとして村を離れようとはしなかった。
歳はとっていても健康そのもので力もあり、村長の所の長男アンワルの説得に応じず、未だに二人は村にいて、部屋の中で押し問答をしていた。
「何も無いならここに居ても良いじゃろ!?誰にも迷惑かけん!」
既にそれこそが迷惑だ、とアンワルは思ったが、次期村長として仕事をしなければならず、引きずって連れていく訳にもいかず、手をこまねいていた。
「一人じゃ無理だろ?」
ひょっこり顔をのぞかせたのは、後続隊で出たはずのサーリーだった。
「な!?サーリー?もう行ったはずじゃ?」
アンワルは驚いたがそれを問い詰めている余裕は無かった。サーリーは勝手に中に入ってきてツカツカと宿屋のおじいさんに近づいた。そして不審な顔で固まっているおじいさんに、にっこり笑いかけ、
「さ、行きましょうか」
と言ったかと思うと、家業で培った背丈より大きな絨毯を運んだりする要領で、いとも簡単にひょいとおじいさんを背中に乗せて立ち上がった。
「な、何するんじゃ!話せ!」
力仕事はサーリーのお手のものだった。その細い体の何処にそんな力があったのか。街の人間だとたかを括っていたアンワルは驚く。
おじいさんはしばらくサーリーの背中で暴れていたが、おぶわれたまま村の門を一歩出ると諦めたのか大人しくなった。
「アンワルさん、後は変わって貰えますか?」
サーリーは背中のおじいさんをアンワルに託すと
自分は再び村の中へ入っていこうとした。
「待て!サーリー!お前も一緒に離れないと」
しかし、サーリーは笑いながら後ずさって村へ入っていく。
「俺、サマリとの約束があるから!」
サーリーの手には、残りの命の葉が握られていた。村を出る時に自分に使えとサマリに押し付けられたものだ。
アンワルは追いかけることも出来ず、サーリーを見送った。強く引き止めることが出来なかったのは、あの迷いの無い表情を見たせいか。
サーリーが何事も無く廃墟の神殿にたどり着けるように、今は祈るばかりだ。
「アンワル、あの若者は誰じゃい」
もう村に戻ることは諦めた宿屋のおじいさんは、赤茶けた大地をしっかりと踏みしめながら訊ねた。
「サーリーの事ですか?んー、サマリと共に来たマッカの街の青年なんですけどね。彼は彼で不思議な奴ですよね」
アンワルはそう言うと、おじいさんを促して砂漠へ歩を進めた。
続く