『リヤハ、そこの二人と友の安全を頼む』
イフリーテの言葉に、リヤハは素直に頷いた。ソルはイフリーテの手から飛び立つと、サマリの肩にちょこんと乗った。
『ピピ!サマリちゃん、神殿が元通りになるわ!ピーピピ』
サマリは、ソルの囀りに頷くが、視線はイフリーテから離すことが出来なかった。
サマリの目的は、神殿と言うよりはオアシスが枯れるのを防ぐこと。
崩れた神殿の屋根の方を見下ろしながら、イフリーテは腕輪に念を込めていた。
サーリーの目には、サマリの金の腕輪が宙に浮いているように見える。
「サーリー、今ここには、風と火の精霊がいらっしゃるのよ」
マッカで神殿で祈りを捧げることはあっても、実際そこにいるとはにわかに信じ難い。隣でサーリーは一生懸命目を凝らした。
イフリーテの隣にいたリヤハがそっとサマリ達の方へ降り立つと、そこだけ柔らかい空気に纏われた。それは、サマリが風の加護を受けた時と感覚が似ていた。
空がどんどん暗くなり、日蝕が進む。もう少しで人間の眼でも太陽が見えるようになりそうだ。
その時、イフリーテの声が、サマリにもソルにも聴こえて来た。
「友よ、そなたの子育てもそろそろ終わり、再び番(つがい)を探す時期が来た」
言われたソル自身はその言葉に驚いた様子だったが、サマリはいよいよだという決心を持って続きの言葉を待っていた。サーリーと繋いだままの手に力が入る。それに気付いてサーリーがサマリの顔をふと伺うと、泣きそうな顔をしている。どうしていいかわからなかったが、サーリーも握り返す手に力を込めた。
全員の視線の先、「イフリーテの秘宝」金の腕輪は、ゆらゆらとした炎に包まれていた。
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ザワザワと空気が唸りを上げ、神殿を背負う岩壁がぐらりと揺れた。
ヤシの木が大きく揺れ、サマリとサーリーが立っている地面が一瞬動いた。
『サマリ、そこから動くな。結界が張ってあるからそこは安全だ』
リヤハが上から声をかけてくれて、少し安心する。サーリーは状況が呑み込めないながらも、サマリの隣で宙を見つめた。
イフリーテは空中で両手を前に突き出した姿勢から動かない。紅い口元だけが動いていて、何か唱えているのが想像出来た。ドレスの裾が燃え上がり、赤い髪がふわりと大きく広がった。
肩の上のソルは一人呑気に囀る。
『いつもキレイね!ピピ!ピカピカね!アタチ、ピカピカ大好きだわ!ピピ!』
周りが暗くなるに連れて、イフリーテの周りだけが輝きを増していた。
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同じ頃、オアシスの村からだいぶ離れた村人一行も、日蝕が始まっていることに気がついていた。サマリが予想した日より一日早かった為、まだ目的の山の麓には着いていないが、もうオアシスは見えないくらい遠くまで来たので大丈夫なはずだ。
馬車の中の年寄りもいたって元気で、家族が不思議がっている。寝たきりでどう動かそうかと悩んでいた病人も、肩を貸すくらいで移動できる程になっていた。また、足腰が立たなくなっていた怪我人も、痛みが薄らいでいる。
サーリーが配っていたスープの効果は、ほんのりと現れていたのだった。
その時、移動中で気が付かない者も中にはいたが、ぐらりと地面が揺れた。
「うわっ!びっくりした」
思わず立ち止まったラウダが空を見上げると、そこには薄く暗い赤色に欠けた太陽があった。
「これが日蝕」
ラウダは怖くなって父の側へかけよる。
周りも動揺を隠せず、一行はザワザワし始めた。
長老と村長がそれぞれ村人をなだめる。
「小さい頃見た事のある年寄りも何人もいるじゃろう?今回もすぐに終わってしまうから大丈夫」
今の地震で浮き足立った村人達だったが、そもそも危険を回避するためにここにいるのだと改めて諭され、落ち着きを取り戻す。
黙って警戒に当たっていたナージフは、サマリの無事を祈り、思わずオアシスの村を振り返った。
続く