71.月を見つめて


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サーリーが手伝った夕食は、オアシスの村で一番裕福な村長宅でも絶賛された。

同じ素材を使っているはずなのに、全く違うものが出来上がっていく様を、家族一同が目を凝らして見つめていた。

気さくで穏やかな性格のサーリーは、すぐにみんなに受け入れられた。中でも末っ子のデイヤーは、サーリーにまとわりついて離れなくなった。

食後にサマリが神殿奥の自分の家跡に帰ろうと立ち上がったので、サーリーも腰を浮かす。

すぐに察したデイヤーは、サーリーの腕をがっしり掴み、父である村長に叫んだ。

「ねえ!サーリーを泊めてあげて!僕の隣で良いよね?良いでしょう?」

突然の申し出にサーリーは戸惑って、立っているサマリを見上げた。

「そうね。今、私の家は酷いことになってるから・・・」

サマリがそう言って小首を傾げると、デイヤーはサーリーを掴む腕に力を込めた。

サマリにはどうしても帰って確かめたい事があった。サーリーと一緒に行く心づもりだったが、別に一人でも構わない。またあの狭い崖を登るのはサーリーも辛いだろう。サマリは、自分一人で帰ることを提案した。f:id:solz29dq10:20221019040635j:image

『鳥の子を引き留めてはならない』

これは長老が作った村の不文律。

その場にいる誰も、サマリを引き留める事は無かったが、サーリーはそれを知らない。

サーリーは、ここに泊まるのを承知して、笑顔でそっとデイヤーの腕を離すと、もう玄関の扉を出る所だったサマリを追いかけた。

「サマリ!」

振り返った白い顔が、サーリーを見上げる。

小さく微笑んだサマリは、此処なら安心して泊まれるわよと、手を振った。しかし街育ちのサーリーから見ると、サマリがあの荒れ果てたねぐらに帰るのかと想像してそちらの方が心配でならなかった。

「サマリ・・」

サーリーは、サマリの頬に手を伸ばし、顔にかかった金の髪をそっと耳にかけた。サマリも紫の大きな瞳を見開き、嫌がることなくされるがままになっていた。それでそのまま頬を撫でようと手を伸ばしかけたが、寸での所で引っ込める事になった。

サマリの背後に、迎えに来たソルの姿を見つけたからだ。

『鳥目』という言葉があるが、もう暗くて自分も殆ど周りが見えていないのに、ソルは真っ直ぐにサマリの元へ飛んでくる。

ソルは迷う事なくサマリの右肩に止まり、その頭をグリグリとサマリの頬に擦り付ける。

『ピー!!ピピ!』

ソルが自分を敬遠しているのがなんとなくわかる。

「サーリー、また明日ね」

そのまま金の煌めきは闇に紛れ見えなくなった。

(俺、全然だめじゃん)

村まで一緒に来て、結局何も手助け出来ないまま、一日を終えようとしている。

月明かりの中、軽やかな足取りで遠ざかっていく背中を見送ることしか出来ない。

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ふと空を見上げると、だいぶ膨らんだ月が見えた。 

(満月は明日かな?明後日かな?)

以前は月を見れば、月の姫と呼ばれるマッカの神殿の巫女を思い浮かべた。街の誰もが崇拝する美しい巫女を、サーリーもそれなりに高嶺の花として見上げたものだ。

今サーリーの視線は、サマリが消えた夜の景色の向こう。

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一昨日は、サマリが危険だと思って咄嗟に走った。そしてこんな所まで来てしまった。なら、今は?

サマリは強い。自分より、よほど強い。しかし、たまに自分の服の裾を掴んで不安げな表情を見せる彼女を、みんなは知らないのだろうか?サーリーは村長宅の壁に手を添えたまま、聞こえるはずもないのに叫んだ。

「また明日な!」

ふと気配を感じて振り向くと、ラウダとデイヤーが自分を迎えに来ている。

「いつもおじいちゃんに秘密でこっそり引き留めるんだけど、帰って行っちゃうのよね」

ラウダが苦笑いしてデイヤーとうなづき合う。

サーリーはうっすらとした違和感を感じながら、乞われるまま部屋へ戻って行った。

          続く


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