サマリが顔を上げると、目の前に風の上位精霊リヤハが見下ろしていた。
他の誰にもその姿は見えていないようで、サマリは返事をしていいものかどうなのか、悩む。左右をキョロキョロ窺って皆と離れた場所へ少し移動した。
『何を戸惑う事などあろうか?』
そういうリヤハの表情は不遜で、サマリの気持ちが右往左往しているのを面白がっているようにしか見えない。
『お前は人間だが、あいつに育てられた鳥の子だ。ここ(オアシスの村)はお前の巣。そして今こそ、お前の巣立ちの時だろう?』
リヤハのことは出会いが悪かったせいで苦手だったけれど、落ち着いてその言葉の意味を考えてみると、迷うサマリの気持ちを押し出してくれる暖かいものだと思えた。サマリはようやく目の前の霧が晴れたような気持ちで、紫の瞳を見開く。
「ソルは?ソルは大丈夫なの?」
サマリは周りを窺いながら小声で訊ねた。
昨日の事なのにもう長い日数が経ったような気がしていた。長年一緒に過ごした相手がもうこの先傍に居ない事がこの上もなく寂しく、不安だった。
『ふふ。あいつは同族の群れに戻して来た。あいつも、お前を育てる事で自分自身が成長したのだな。群れの受け入れは良好だ。今日は、お前の様子を見てくるように言われたのでな』
サマリとソルはお互いにお互いの心配をしていた。人間と神鳥という違いを超えて、一人と一羽はお互いにもう一方の母であり、友だった。
巣立ちの時だと言われて頭を掠めたのは、この神殿の存在だ。きっと長老は、自分を離しはしないだろう。
「この神殿を守るのは私でなくても良いの?」
その言葉を聞くと、リヤハは面倒くさそうな表情で、手を顔の前でヒラヒラ振って答えた。
『ここに留まって辛気臭く似合わぬ巫女の真似事などしなくて良い。お前は鳥の子だ。その身に纏った風と共に、何処へでも行くが良い』
サマリは、おもいもかけぬ返事に戸惑う。
自由とは、実は恐ろしいものなのではないだろうか?自分は今まで、何かに心を囚われていはしなかったか?
リヤハは百面相をするサマリを面白そうに眺めると、少し考え直し、言葉を継いだ。
『サマリ、お前の家を壊したことは詫びよう。自由に生きろ。お前がどこにいようとも、その加護で私には居場所がわかる。あいつにも必ず再会出来るよう取り計らってやろう』
サマリは、そこまで聞くとようやく顔を輝かせ、周りに人がいるのを忘れて大きな声で御礼を述べた。
「ありがとう!リヤハ様、私必ず幸せになって、ソルに立派にやっている姿を見せるわ!」
神殿をあちこち見回っていた四人が、一斉にサマリの方へ振り向く。
あっ!と口を押さえたけれど皆サマリの周りの虚空を探し恐る恐る「サマリ、そこに精霊様がいらっしゃるのか?」と尋ねるので、サマリは黙って頷いた。
そんな周りの様子をみたリヤハは、サマリに向かって苦笑いすると
『ではまたな』
と言って、すぐに消えてしまった。
後には、四人の視線を一身に浴びるサマリだけが残された。
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神殿の安全を確認すると、五人は村の入り口に待機していた村人達の元へ戻った。
村長が、元の生活へ戻るよう 指示を出すと、不安げだった村人達は嬉々として一斉に荷物を下ろし始めた。
急に慌ただしくなった中、サマリは荷台で休むサーリーの元へ一目散に走って行った。
続く