82.ソルとの別れ


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サマリが湧き水に感極まっている最中、サーリーはソルと向き合っていた。その両脇にはイフリーテとリヤハがソルを挟み、ものすごい画になっていたのだが、見えないサーリーにはわからない。

右を向いたり左を向いたりしてよく囀る元気なインコだなと、サーリーはのんびり思った。もし自分の言葉がわかるなら、と気持ちをまとめる意味でソルに話しかける。

「ソルってサマリの家族なんだろ?ずっと一緒にいたんだよな」

二人と一羽は、この青年が何を言うのか静かに待った。

「親ならさ、独り立ちしようとしてるサマリを快く出してやってくれないか?そんでさ、ソルも自分の子を連れて、また見せに来てくれよ」

ソルの赤いクリクリとした目が、サーリーを不思議そうに見つめた。

イフリーテが時間を気にして慌てて横から口を出す。

この場所の時間の巻き戻しは成功したが、日蝕の終わりと共に【向こう側】へ繋ぐ門が閉じてしまう。イフリーテやリヤハのように実体のない精霊には関係ないが、ソルはあくまでも実体のある神鳥である。

『そ、そうじゃ!友よ!頻繁には出来なくとも次の月蝕には扉を何とかしよう』

意図を察したリヤハも口を出す。

『サマリの様子は俺も時折伝えてやろう。加護も与えた事だしな』

この数百年の間に人間の時代がやってきて、自然の形態が変わりだし、精霊や魔獣は自分達の住む世界とこちら側を頻繁に行き来する事が難しくなっていた。神は【向こう側】へ引きこもり、精霊も人間と交流しなくなった。

力の強い魔獣は狩られ、この世界の神獣は住みにくくなった。

ソルはアルビノに生まれた為に仲間から弾き出され、リヤハに付いてこちら側へ居着いてしまった。しかし、希少な神鳥ルフをこのままにしてはおけない。

リヤハは、もう人間で言うと百年以上ソルが帰る気になるのを待っていた。途中居眠りしていた事もあったけれど。

「ソル、俺さ、サマリをマッカに連れて行っても良いかな。この後は、俺に守らせて貰えないか?って言っても、あいつの方が剣の腕は強いんだけどさ」

サーリーは生真面目な顔で、ソルに話しかけた。

話が通じていても、通じなくても、どちらでも良かった。口にすることで言葉は意味を持ち、力をもつのだ。

『ピピ!そ、そうね。ピピピピ。。。サマリちゃんが大人になったら、アタチは次の卵を育てなきゃいけないわ』

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サーリーの目には、ソルが自分の言葉を理解しているように見える。

一方、リヤハはあまりに簡単に納得をするソルを見て驚いていた。今までどれだけ言葉を尽くして帰るように促したのに言う事をきかなかったルフ鳥が、人間のいうことにうなづいている。

それに気がついたイフリーテは、静かにリヤハへ呟いた。

『時は満ちた、ということね。今まで貴方が待った時間も、必要な時間であったのでしょう』

欠けた太陽はもう半分回復し、そろそろ直視出来なくなっていた。

『アタチのサマリちゃんよ。ピピ!サマリちゃんは大人?大人?』

ソルは小さな黄色い頭を上を向けてイフリーテに訊ねた。

『そうね。もう人間として、立派な大人ね。ここに、番になりたいと願う者もいるようね』

イフリーテがサーリーを黙ってこの場所に招き入れたのが功を奏したようだ。

ソルは再び、じっとサーリーを眺め、岩壁で嬉しそうに湧き水を飲むサマリの後ろ姿を眺めた。

『アタチ、行くわ。ピピ』

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ソルがサマリに向ける親としての愛情はこの上なく深い。この世界で産んだ卵が孵らなかった時に、偶然目の前に現れた幼子を、ソルは心から愛した。

目の前の幼子と、砂の上に倒れていた両親からは懐かしい匂いがした。恐らくそれは、父のしていた腕輪が放つイフリーテの魔力のせいだったかもしれないが、ソルがサマリを自分の子供にしようと思い立つのに時間はかからなかった。

その子供が、大人へ成長した。

ソルがそれを理解して、ようやくサマリへの執着が薄れようとしている。

【向こう側】には自分を爪弾きにする同族しかいないかもしれない。けれど、長い間サマリを育て、それはそれは楽しかった日々を考えると、また新たな卵が欲しいと思えてくる。

もし子供を連れて、再びサマリの元を訪れたら、サマリは喜んでくれるに違いない。

ソルは、サーリーの指の先から肩へ飛び移ると、彼の頬に頭をグイグイと擦り付けた。ソルの愛情表現だ。サーリーは少し驚いたが、くすぐったいのを我慢してされるがままになった。

「ソル、心配要らないよ」

サーリーのその言葉を聞くと、ソルは次にサマリの元へと飛んで行った。

『サマリちゃん、ピピ!アタチ、向こうへ帰るわ。そして、サマリちゃんにアタチの子を見せに来るわ』

決心のついたソルを前に、サマリは涙を堪え、無理矢理笑顔を作った。

『ソル、ソル、次に会える日を待ってるからね!今までの事、なんてお礼を行ったら良いか・・・』

名残を惜しむ時間は、サマリとソルに残されていなかった。太陽が元通りになる前に、神殿の奥へ行かなくてはならない。イフリーテはそっと神殿へとソルを促した。

ソルはサマリの肩で、サマリの頬に力一杯頭を擦り付けると、赤い瞳でサマリをじっと見つめ、次の瞬間イフリーテと共に飛び立った。

「ソル!元気でね!私、本当に待ってるから!」

次の日蝕が何年後なのか、今のサマリにはわからない。

風の神殿へと飛んでいく小さな黄色いインコ。

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『ピピ!サマリちゃんはいい子ね!キラキラ素敵な金の髪、ピピ!アタチの宝物は、みんなサマリちゃんにあげる!ピピピピ!』

サマリとソルの別れはあっけなく、突然だった。ソルが飛び去った神殿を呆然と見つめ、サマリは立ち尽くすしかなかった。

                                  続く


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