46.代償


ドラゴンクエストX(ドラクエ10)ランキング

f:id:solz29dq10:20220506184921j:image

何も声にならなかった。

サマリは自分の周りの人達と、これからもささやかな、穏やかな生活を送りたいだけだ。

孤児である自分を悲しんだ事もあるし、奇異な目で遠巻きにされている悲しみを感じる事もある。それでも、ソルと、長老と、村の人々を大切に思っている。何か特別なモノを求めた訳ではない。偶然が重なって命の草を食べるようになっただけの事。日々一生懸命生きてきた結果を否定されながらも、必死にここまで辿り着いたのだ。

それなのに、今目の前にいる炎の精霊は、それが全て失われると言う。

此処にくれば事態は好転すると信じていたが、少し甘かったようだ。

f:id:solz29dq10:20220512174019j:image

『其方は、先程我々の事を自然と呼んだ』

イフリーテの言葉に、サマリは深くうなづいた。

『其方達が秘宝と呼ぶ我々の力は、いわばその自然に逆らう力。例えば、風の精霊リヤハが育てる命の種は、一粒で人ひとりを生き返らす事が出来る。まさか其方が、育てて毎日葉をたべているなどとは、思いもしなかった。効果は薄まっただろうが、今迄病気などなった事がないのでは?』

イフリーテは、人間とは想像を超えてくる生き物だな、と笑ってサマリの腰の袋を指差した。袋の中の、乾燥した命の草の事を言っているのだ。

『故に、やり方は乱暴だが、何としても命の草を無くしたかったリヤハの気持ちはわかる。人間は、自然の理の中で生きるべきもの。それが地上に溢れ、むやみに使われる訳には行かぬ』

サマリは無意識に腰の袋を押さえる。

イフリーテは、怒っている訳ではない。愚かな人間の子供にわかるように、根気よく教え諭してくれているのだ。

『ピピッ!だって、神殿の留守番する時に、リヤハ様がアタチにくれたんだもの!どう使ったっていいでしょ!ピー!』

イフリーテの手の上で、ソルが怒って羽毛を逆立てている。

そう。事の起こりは、このソルなのだ。

イフリーテは、黙って目を細めると、長く細い指でソルの頭を撫でた。仕方なくソルは黙って、撫でられるままにされている。

『私の力は、時を戻す事によってモノを復元する力。リヤハはおそらく、神殿を元に戻したいと願うでしょう。その副産物として、オアシスの水源が止まった事実も、無かったことになる』

イフリーテの低くて甘い声だけが、部屋の中に響く。こんな切羽詰まった状況でなければ、きっと女性のサマリも彼女の虜になっていただろう。

『全てのものが、百年ほど前に戻るけれど、私の力は、生き物には上手く作用しない。その場に居合わせたモノは、自分の身体の変化についていけず、息絶える』

そして、綺麗なだけで無人の古代遺跡がその場に建つ代わりに、巻き込まれた村人も、村人達の家も、消えてなくなる。誰も祀る者が居なければ本末転倒ではないか、とイフリーテは言うのだ。

f:id:solz29dq10:20220512174131j:image

サマリの身体の周りに、風が巻き起こっている。近くの食台に敷かれた布が、そこだけはためく。無意識の緊張が、いつも身体に異変を起こすのだ。

考えろ、考えろ。そう唱えながら、サマリは頭の中で解決策を探した。

イフリーテは話のわかる相手だと思えた。きっと人間の考えと、精霊の世界の理は、なかなか相入れないのだろう。しかし、今何か掴み取らなければ、二度とチャンスは巡ってこない。

冷静になれと自分に言い聞かせ、気持ちを落ち着かせると、足元の風も収束した。

その代わり、サマリの額から嫌な汗が滲み出た。


ドラゴンクエストX(ドラクエ10)ランキング