まだ倒れたままのサーリーは
「こいつが飛んで行かなくて良かったよ」
と言って腰のバックを触った。
サマリはまだしゃくりあげていて、早く処置をしなければいけないのに、あまり役にたっていない。
これは自分のせいだ、とサマリは思っていた。
警戒を怠ってそばを離れてしまい、かまいたちでサーリーをも傷付けた。
今迄、自分がこんな風になるなんて知らなかったが、今は自覚があり震えていた。
「助かったよ、ありがとな。サマリは命の恩人だ。あと、ナージフさんもな。っつぅ、いたた」
サーリーは起き上がろうとしたが、上手く力が入れられないようだ。
「なぁ、泣くなよ。俺はサマリが無事で嬉しいよ」
サマリは再び泣きたくなった。今度は違う意味で。
この人は、いつも自分の為に駆けつけてくれる。いつも寄り添っていてくれる。いつも欲しい言葉をくれる。
ナージフは、少し離れた所に繋いできたラクダを取りに行った。少し経てば戻ってくるはずだ。
「サーリーのスープがあれば元気になるのに」
サマリは、村の病人や年寄りに配ったスープに不思議な力があったのを思い出し、残念そうにうなだれた。そのスープは二人で配って、既に飲み尽くされて無いからだ。
「元はサマリの持ってきた葉を入れただけなんだから、サマリのスープと呼ぶべきだよな」
サマリはそのあいだに、サーリーに肩を貸してゆっくりと抱き起こし、座らせた。そっと切り裂かれたローブを取り除き、ベストも恐る恐る脱がせてみる。
その広い背中には、痛々しい傷跡が縦に長く入り、血がべっとりと付いて固まっていた。広い範囲に砂もこびりついていて、このままにしてはおけなかった。
(オアシスにさえ戻れば、水は沢山ある)とふんだサマリは、大事な水筒の水の残りで傷口を洗い流し始めた。
サーリーは、痛みに耐えサマリにされるがままとなっていたが、ふと思い出して「実は、まだあるんだよ」と、腰のバックに逆手に手を伸ばした。
「あ、それ!まだ残っていたの?」
ひと握り程のボロボロの葉が、薄い布に大事に包まれていた。
「村に戻ったら、またスープを作ってやるからな」
(お前の為に取っておいたんだ)とは口に出さず、サーリーは笑顔を作ってみせた。
「スープは飲みたいわ。でも、これはサーリーが飲むべきものよ。今すぐに!」
貴重な、最後の命の葉。サマリにも、これがどんなものなのかわかっている。そして、使うべき時がいつなのか、も。
サマリは、サーリーの手から葉の包まれた布を半ば強引に返してもらうと、スックと立ち上がった。背中の傷を洗い終え、真剣な顔でサーリーの目の前に膝をつく。そして、何をするのか不思議に見上げていたサーリーの口に、バラバラに崩れた葉をいきなり布ごと当てがった。
「むぐぐっ」
サマリの意図する事はわかったし、何処までも必死で真剣な表情を見てしまったら抵抗など出来なかったが、それなりの量のカラカラに乾いた葉を詰め込まれてとにかく苦しい。
「全部飲んで!早く!早く!」
サマリは、大きめの葉があらかた口に入ったのを確認すると、ようやく手を離した。
サーリーの口の中は乾いてしまって、とても飲み込める状態ではない。
ゲホ!ゲホ!
(背中の怪我じゃなくて、窒息で死んでしまうよ)
むせるサーリーを見てサマリは今更ながらに慌てたが、もう水筒の中の水は残っていなかった。
「飲んだら治るかもしれないんだもの」
わかっているから、と喉を押さえながら頷くサーリーを、サマリは涙目で見つめる。
食堂での世間慣れしたような態度を取るかと思えば、こんな雑な行動をとったりもするサマリを、
「やっぱり、心配でほおっておけないや」
と、サーリーは思う。自分に一生懸命になってくれるのは愛おしいが、息が詰まりそうな自分の状況を冷静に考えると(自分は随分と変わり者なのかな)と可笑しくなった。
(親父の言う通り、手放しちゃいけないな)
マッカで接していた時のサマリは、よく笑い、はしゃぎ、泣いて怒って忙しい少女だった。けれど村では、どことなく自分を抑えているように見えた。あの生命力溢れるサマリを取り戻してやりたい。いつも困った時には自分の服の裾を握りしめるサマリの姿を思い浮かべて、サーリーはなんとか口の中に貼り付いた命の葉を飲み干した。
続く