顔見知りのナージフとイブンの来訪に、村人たちは沸いた。しかし、通常とは異なり商隊もいなければ売り物も積んでいないのを見て訝しむ。
しかも、前回ここを旅立ってからまだ日も浅い。
ナージフから「幌馬車の中身は旅用の日持ちの良い食べ物で、この荷台ごとサマリの注文の品だ」と聞いた村人たちは、驚きを隠せなかった。
サマリが不思議な光景を見せてから約7日がたち、村人たちは気持ちが中だるみしてきていた。日蝕はもうすぐなのだと、急に思い出す。
ナージフの周りに集まって来ていた村人たちは、また荷物をまとめる続きをしようと思い立ち、自分の家へと散っていった。
「ナージル、その荷は長老の家の小さな馬車へ、積み直してくれる?イブン、ラクダの餌はその中から工面してね」
サマリはテキパキと指示を始め、自分は長老の所へ報告に行くと言って御者台を降りた。
広場をぐるっと眺めると、奥の木陰でサーリーが居眠りをしているのを見つけ、走りよる。
「置いていってごめんなさい、サーリー」荷台のヘリに手をかけ、踵を上げて中を覗き込むと、サーリーは顔をしかめてうっすらと目を開けた。薄い緑色の瞳が心配そうな顔のサマリを捉え、数回瞬きをして上体を起こす。
「ナージフさんは、来たのかい?」
マッカで少しだけ面識があり、精悍な傭兵の姿をサーリーは覚えていた。
それに答える前に、もうひとつサーリーを覗き込む影が、サマリの隣から顔を覗かせた。スっと半歩ズレるサマリの挙動をサーリーは見逃さなかった。
その影はイブンで、信じられない様子で二人を見比べた。
「なぁ、なんで此処に居るんだよ?どんな魔法を使って村に来た訳?」
自分は何日も炎天下の中を苦労して旅して、この村へ辿り着いたのだ。それなのに、あの日宿屋にサマリと連れ立ってきた目の前の男は、涼しい顔をして木陰で寝ている。サマリと親しげな様子も気に食わないし、いるはずのない人間が此処にいるのがおかしい。
「なんでって・・・」
それは親父に背中を押され、サマリを追いかけて来たに決まっている。しかし、この不躾な男にそんな事情を話してやる気にはなれなかった。
「命がけの旅でしたよ。とにかく早く此処へ来るために夜の凍える寒さの中をかけて、一時だって休んだりしませんでした」
嘘、は言ってない。と、隣でサマリはこっそり笑った。しかし、サーリー自身、まだロック鳥の脚にしがみついていた時の手足の強ばりや、落ちて死んでしまうかもしれない恐怖の景色を思い出し、その演技は真に迫っていた。
サーリーの表情を見たイブンは、ゴクリと息を飲み二の句が告げない。
「そ、そうか。お前も大変だったんだな」
少し上から目線のイブンに、サーリーはやんわりと答えた。
「サーリーと言います。食堂で何度かお見かけした事がありますよ」
目の前で火花が散ったような気がしたのは気のせいだろうか、とサマリは居心地が悪くなってきた。
サマリは、パン!と手を打って大きな音を出すと、わざと明るめの声で
「さぁ!仕事仕事!」
と二人を促した。
幌馬車に病人と怪我人、老人を乗せ、今日にも皆で村を離れよう。
小さなオアシスの村の大移動が始まった。
続く