スープを配り終え、村長宅への帰り道。
空の大鍋ひとつを荷車に乗せて、サーリーがそれを押して歩く。それに肩を並べるように、サマリが歩いている。手持ち無沙汰なのか、サマリは手に小鍋を掴んでいて、クルクルと回して遊んでいる。
サーリーはそんなサマリを優しい目で眺めた。
村の広場へ近づくと、簡易な門が見えてくる。
門と言っても、オアシスの村にマッカの街のような壁はない。そそり立つ岩壁と、それに抱かれるように湧き出るオアシスの恵。そのまわりに恩恵を受けた植物が緑をたたえ、人々はその中に生活している。岩壁に近い方には朽ちた神殿があり、その反対側の緑が多く平らな土地の方に集落がある。
目の良いサマリは、ふと岩砂漠の奥に目をやった。
「来た」
サマリはそう呟くと、手にした小鍋を無造作に荷台へ置いた。
「来たって、なにが?」
サーリーが訊ねると、サマリは大きな紫の瞳を更に見開いて、興奮したように答える。
「到着したの!ナージルが来たわ!幌馬車が着いたのよ」
サーリーも思わず門の向こうを見たが、全くモノの動く気配を感じなかった。サマリはその場で足踏みをして、
「迎えに行ってくる!」
とだけ告げると、返事も待たずに門の外へ向かって走り出した。
「え、ちょっ、サマリ!?俺、帰り道わかんないぞ!」
荷車の取っ手を掴んだまま、サーリーはその場でサマリが帰ってくるのを待つ羽目になった。
(俺、あいつの後ろ姿ばかり見てる気がするな)
仕方なく木陰に荷車をよせそこに腰掛けると、サーリーはのんびりと背伸びをして金の髪の小鳥を待つのだった。
🌹
サマリは走った。
豆粒のようにしか見えない人影を目指して、全速力で走った。小石が転がり、足元の悪い砂の大地を、軽やかに。
照り付ける陽射しなど関係ない。今はただ、ナージフと幌馬車を目指して一直線。
幌馬車の御者台に座り、ラクダを歩かせていたナージフも、目指すオアシスの村からこちらへ走ってくる サマリの姿を認め、慌てて手網を大きく一振りした。ラクダはほんの少し歩く速度を早める。
「あ、あれはサマリちゃんっすね!」
少し後ろを付いてくるイブンの方も、ナージフが歩みを早めた為に前方のサマリに気が付く。
距離はどんどんと縮まり、あと少しの所でナージフは手網を引いた。
「ナージル!ナージル!ナージル!」
サマリは半分泣きそうな笑顔で、ナージフの名前を連呼した。まだ御者台の上にいるナージフに向かって走る速度のまま駆け上がり、手網を握ったナージフの首にかじりつくように手を回して抱きついた。あまりの勢いにナージフは仰け反りそうになり、必死に身体を支える。
「おいおい、どうした、サマリ」
ナージフは、今度は何も言わずに抱きついたままのサマリの背中を、赤ん坊をあやす様にポンポンと叩いた。
「サマリ、ただいま」
サマリは土臭いナージフにしがみついたまま、少ししゃくり上げていたが、ようやく顔を上げ、ナージフの膝に乗ったまま笑顔を見せた。
「お帰り、ナージル」
続く