88.乗り越えろ


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ナージフがようやくサマリの元に辿り着いた時、魔物はボロボロに傷ついて弱っていたが、まだ眼をギラギラさせてサマリに向かっていくだけの体力が残っていた。

サマリもしっかり地に足をつけて短剣を構えているが、その身に纏うつむじ風は威力は少し弱まりつつある。体力が削られている訳ではない。実際かすり傷ひとつ負ってはいない。しかし、サマリの方は初めて対峙する魔物への恐怖と、目の前にチラつくサーリーの背から飛び散る血飛沫の記憶、先程から何度か切りつけた時の気持ち悪い手に残る感触で精神が疲弊していた。半分意識をもっていかれたこの状況だからこそ、まだ倒れずにいられるのだ。

もう気力が途切れそうになっていたその時に、サマリは背後から走ってくる心強い味方に気が付いた。

(ナージル!?ナージルなの!?)

「サマリ!!避けろよ!!」

ナージフは予備に持ってきた短剣を、緑の魔物目掛けて投げ付けた。

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『ギャーーー!!』

短剣はサマリのすぐ脇を掠め、見事に魔物の眉間に的中した。しかし、目くらまし程度にしかなっていないようだ。眉間に短剣を突き刺したまま闇雲に得物を振り回す魔物に、ナージフは武器を掲げて切りかかる。

「あぁ、ナージル!!」

サマリの気力はそこまでで、つむじ風は消え、その場にへたり込む。自分を取り戻した代わりに、魔物への恐怖が再び込み上げ、戦闘をナージフに任せようと、チラリと見上げた。

しかし、そんな事もナージフにはお見通し。まだ抵抗してくる魔物にオノを振り降ろし、サマリを叱咤する。

「ごぉらぁ、まだだ!逃げんなよ?自分が今どうなってたか自覚しろ!ちっせぇ竜巻くらい制御してみせろ?お前の体力が底なしなのは知ってるんだからな?」

ナージフはサマリにとって厳しい剣の師匠であり、兄である。決して優しい王子様では無かった。

「ナージル、厳しすぎ!」

こんな弱っている状況でも容赦ない師匠の言葉に、思わずサマリは抗議の声をあげた。しかし、声を出した事で却って落ち着きを取り戻したようだ。地面に膝をついた状態から短剣を握り直して立ち上がる。

「とどめはお前が刺せ。その不思議な力に呑み込まれるな。自分だけの力で乗り越えろ!」

魔物は先程のナージフの攻撃で倒れる寸前だった。残る力で押し切ろうと大きく得物を振りかぶった所に、サマリは短剣を両手で握りしめ、その懐へ飛び込んだ。

妙に冷静な感情のまま、一瞬時が止まったような感覚に襲われたサマリは、全体重をかけズブリと魔物の左胸に短剣を差し込んだ。

カチン!!

何か固いものに当たる手応えがあり、弾かれるように両手を離してしまったサマリは、そのまま背中から地面へ叩き付けられるように落ちていった。

『ギャーーー!』

緑の魔物の断末魔が辺りに拡がると、その姿は砂が崩れるように霧散して、最後に地面には大きな拳大の緑の魔石とサマリの短剣が転がっていた。

「た、倒した?」

落ちた衝撃で腰を強打したサマリは、腰回りを擦りながら上体を起こす。

「良くやったな。サマリ」

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ナージフは背中にオノをしまうと、魔石をちょんちょんと突ついたあと、それをそっと拾った。

サマリは、魔石を見つめるナージフに背を向けて、必死に立ち上がりサーリーのそばに向かった。

「サーリー、サーリー、ごめんね、ごめんね」

サーリーはローブを頭から被ってうつ伏せに横たわったままだった。サマリの起こしたつむじ風で、背中の荷物は何処かに飛んで無くなってしまっていた。

背中の布に血が滲んでいるが、さほど出血が酷いわけではなさそうで、既に止まっている。荷物とローブが緩衝材になってくれたのかもしれない。

サマリが膝まづいたまま恐る恐るサーリーの肩に手をかけると、サーリーはうっすらと目を開けて、ぎこちなく笑ってみせた。

ほっとして、大粒の涙がサマリの大きな紫の瞳からこぼれ落ちる。身体中の水分が抜けてしまうかと思う程に、それは止まらなかった。

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「泣くなよ。俺は大丈夫。ちょっと背中が痛いけど、傷は深くないみたいだ」

                                   続く


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