81.向こう側


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(ルフの娘の譜を捧げ

    佳人リーテの炎を授からん)

サマリの脳裏に浮かぶのは、あの満月の夜の神殿で下から昇っていく文字。文章が下から浮かんで来た為、非常に記憶しにくく、サマリは言い淀んだ。

『サマリちゃん!詠って!詠って!』

そこへソルが羽根を広げて催促し、自ら囀り始める。

「え?詠うって何を。。。あ」

それは、ソルがよく聴かせてくれた子守唄の旋律。それが、あの神殿の文字にピッタリとはまった。風の神殿に、まさかイフリーテの言葉が刻まれていたとは。

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風の扉開き

炎の鍵掲げよ

土の声鳴り響き

水の柱現れん

ルフの娘よ、愛しき友よ

精霊の門くぐり抜け

白き羽根広げよ

ルフの娘よ、愛しき友よ

見果てぬ夢よ、天に翔けよ

         🌹

ルフの娘は、二人いた。

正確には、一人と一羽。

サマリの声に反応したのか、イフリーテの腕にはまっている金の腕輪が、ひときわ光輝いた。

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・・・イフリーテの館で、サマリに彼女は囁いた。

『友と別れる覚悟があるのなら、そなたの願いを聞いても良い』

水源を元に戻す為にそれほどの犠牲を自分は負わなければならないのかと、聞いた瞬間は大きなショックを受けた。しかし、よくよく聞いてみるとそれはソルの為だと言う。ソル本人の説得は、イフリーテとリヤハがするから、その邪魔をしないように、と釘を刺された形の約束だった。

ずっと自分の傍に居てくれたソルが、仲間のいる【向こう側】へ帰ることが出来るのなら、叶えてあげたかった。だから約束したのだ。ソルを【向こう側】へ帰す時には引き止めず、送り出すと。

「わ、私・・・」

詠い終わったサマリは少し顔を上げ、紫の瞳をイフリーテに向けた。

「オアシスの水源が枯れないように元に戻して欲しいの!大事な人達が平穏に生活出来たら良い。そして、ソルも!」

ささやかな、けれど決して簡単ではない望み。

そこまで一気に口にして、サマリは深呼吸した。

『ピピ?サマリちゃん?』

自分の名前が出て来て、サマリの肩に止まっていたソルは首を傾げた。

「ソルも!幸せになって欲しいの。もしも【向こう側】で卵が産めるなら、どうか!」

その時、太陽は全て黒く覆い尽くされ、真円が空に浮かんでいた。

『その願いしかと聞いた』

イフリーテが念を更に強めると、今まで燃えているだけだった神殿の輪郭がぼやけ、倒れていた柱が動き出した。燃えている場所の時間が巻きもどる。

『サマリちゃん?何を言うの?アタチの可愛いサマリちゃん、ピピ!アタチはいつまでも傍にいるわ。ピピ!』

イフリーテの炎の光がサマリの顔に反射して、隣に立つサーリーからもその表情は見えない。しかし、自分の服の裾をぎゅっと掴むその手と、細い肩が震えている。

轟々と大地が軋み、崩れた瓦礫が柱の中心にはまっていき、そこに積み重なっていた土が消えていく。その場に生えていた草木は跡形もなく砂に還る。

『サマリちゃん、アタチはサマリちゃんがいるから寂しくない!ピピ!だからそんな事言わないで!』

肩の上で、ソルは半分ヒステリックに囀った。

「だからこそよ、ソル。人間とロック鳥では寿命が違う。私はあっという間に歳をとり、ソルの前から居なくなってしまうわ」

赤黒い太陽はほんの数分ののち、光を帯び、指輪のように輝いた。これより太陽は元の輝きを取り戻す。

絶え間なく響いていた神殿の音はパタリと止み、イフリーテの炎は少しずつ鎮火していく。

『いやいや!ピピーーー!!勝手にそんな事決めないで!アタチのサマリちゃんよ!アタチのよ!』

リヤハは困ったようにソルが騒ぐのを見ている。この風の眷族のルフ鳥を、リヤハはリヤハなりに大切にしてきた。群れから離れて自分に付いてきてまった彼女を、何度も何度も帰そうとしたのに、言う事をきかなかったのだ。やり方はどうあれ、今度こそリヤハはソルを元いた【向こう側】へ帰すつもりだった。

リヤハがソルの住処を壊そうとしたのも、都合よくサマリを利用しようとしたのも、ソルへの最後の手段だったのだ。

「ソル、ソル、わかってるわ。大好きよ。だけど、神殿が元に戻れば、ソルは【向こう側】へ帰れるのでしょう?」

ソルの言葉はわからないサーリーだったが、半分くらいの事情を察する。

『ピー!ピー!サマリちゃん、アタチは帰らない!!』

毛を逆立てて怒るソルに、リヤハはどうしようもなく手をこまねいていた。ソルが望まないから、サマリに願いを詠わせたというのに、ここまで来てもまだ納得しないとは。

太陽は少しずつ光を取り戻し始めた。神殿の周りは静寂を極め、枯れた大地に美しい神殿が建っていた。見た目は小さく素朴な風の神殿だったが、この地下に隠れた広間が続き、精巧な文字の連なる部屋がある事を、サマリは知っている。

そしてその何処かに【向こう側】へ繋がるなにかがあるはずだ。

「ソルは俺の言葉わかるかな?」

サーリーがそっとソルを覗き込む。

サマリが頷くと、サーリーは笑ってソルに手を伸ばした。

「なぁ、俺が後のことは責任持つから、安心しろよ」

ソルは騒ぐのを止め、上目遣いにサーリーを眺めていたが、ちょんっとその差し出された手に飛び移る。

「アタチあんたの事知ってるわよ!ピピ!おいちいものくれる人ね。ピピ!いい人ね!」

ちょうどイフリーテが術を終え、伸ばしていた手をそっと下ろした。それと同時に、リヤハも二人の周りの結界を解く。

二人の周囲の足元にだけ緑が生えていたが、あとはまるで違う静謐な景色が目の前に広がっていた。新しく出来たばかりに見える風の神殿。白い柱が美しい。

サマリはソルが自分以外の人の手に乗ったことに驚いたが、それよりも目の前の景色に心奪われた。その時、ふと視界の端に動くものを感じて、脇の岩壁を見た。

岩壁から、湧き水が流れ始めたのだ。

「あぁ!イフリーテ様!リヤハ様!水が!湧き水が!」

サマリはフラフラと岩壁に歩いていき、濡れた岩壁に手を伸ばした。嬉しさに胸が詰まる。

「良かった。ありがとうございます。ありがとう」

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そして両手を岩壁につけると、服や紙が濡れてしまうのも厭わずに、滴る湧き水に頬を付けた。

                                  続く


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