「あの、教えてほしいのですが」
と、サマリはおそるおそる口を開いた。
「譜にはどんな意味が?リヤハ様の願いを聞き届けてくださいますか?」
イフリーテはその言葉にわずかに顔を曇らせ、掌の中のソルをそっと覆い隠すように掴んだ。
ソルは、突然イフリーテの両手に囲われて、身動きが出来ない状態になり、彼女の親指と人差し指の間から顔だけ出していた。
『最後まで黙って聞いてほしい』
イフリーテは一瞬躊躇い、サマリを見据えた。
『先程其方が私に聞かせてくれた譜は、自分の命と引き換えに、言うことを聞いてくださいと言う内容の誓いの言葉であった』
言葉が言い終わらないうちに、イフリーテの掌の中のソルがジタバタと騒ぎ出す。
『リーテちゃん!?どういう事なの!リヤハ様は、アタチ達を騙したの!?ピー!いくらリーテちゃんがアタチのお友達でも、大事な大事なサマリちゃんの命を奪うなんてしたら、絶対の絶対に許さないから!!!ピギーー!!』
この行動を察知していたから、イフリーテはソルをしっかり掴んでいたのだ。
サマリはソルとイフリーテを交互に見つめ、どうすることも出来ずに次の言葉を待っている。額から滲み出る汗を軽く拭う。
『話を最後まで聞いて!痛っ!』
ソルは歯のないクチバシで、放せとばかりにイフリーテの手をガジガジと噛んでいる。
『本来なら、其方は私のモノであったが、残念ながら、あの誓いは無効じゃ!言葉が間違っておった』
『ピ?』
ソルは齧るのをやめてイフリーテを見上げる。
サマリもホッと胸を撫で下ろしたが、安心すると同時に、自分の調べたものが間違っていることに不満を覚えた。
「宝求めんと欲する者よ
月の子供の祈りを捧げよ
その炎は命の光
輝ける佳人リーテの瞳は時を止め
時を移し、何処に誘わん
月の子の譜を捧げ
佳人リーテの炎を授からん」
もう暗記してしまったサマリは、呟くように言葉を唱えた。
『其方に間違いを教えると、其方は命をかけてしまう。そうすると、私はかけがえのない友をうしなってしまうの。それは困るわね』
だから願いは聞き入れられない、と言われている事を、サマリはすぐに理解した。
イフリーテは愛おしそうに掌の中のソルの頭を撫でる。
どうにもこうにも、八方塞がりのように思えた。
イフリーテの秘宝を使うと、オアシスの村一帯の時間が巻き戻る。その場に残るのは、およ百年前の村の姿。そしてそこに、生きるものは何も無い。確かに、その状態もサマリの望みではなかった。
「もっと小さな範囲だけ、元に戻す事はできませんか?神殿だけとか」
サマリは、イフリーテの秘宝がどんなものなのか、朧げながら理解し始めていた。
神殿は村から少し離れている。もうそこにサマリの住む場所がなくなっても、それはそれで仕方がないと思うのだ。
「友の娘の願いなら試してみる価値はあるけれど、保証はできぬ」
此処へ辿り着くために、サマリは頑張ってきた。出来れば無駄足にはしたくない。
「リヤハ様は、秘宝を見たいとおっしゃっただけで、自ら何かしたいとは私に告げませんでした。神殿の範囲だけ時が戻れば、水源は枯れず、建物も元通り。あとはイフリーテ様の気持ち次第ですが・・・」
必死なサマリを見て何かを思いついたイフリーテは、手を広げソルを自由にする。そしてその空いた手で、サマリを手招きをした。
ソルはようやく解放されたのを喜んで、パタパタと少し離れた場所へ飛んで行った。
入れ替わりにすぐそばに来たサマリに、イフリーテは小声で、何かを告げた。
真っ青になり、口をパクパクさせたサマリだったが、すぐに顔を引き締めて、イフリーテに向かって頭を垂れた。
続く