深い眠りから自然に目が覚め、スッキリとした気分のサマリは、いつのまにか運ばれていた寝台の周りを興味深く眺めた。
枕元にソルの姿を認め、安心する。
此処はイフリーテの居城の一角。自分は昨日、ようやく目的の場所に辿り着き、炎の精霊と約束を交わしたのだ。
サマリは身の引き締まる思いで、これからの事を考えた。
（まず、病人や老人を運べるものを用意しよう）
サマリの腰の袋には、ソルの巣から持ち出してきた金貨が入っている。これでなんとかなるはずだ。ただ問題は、こんな何処の者とも知れない子供が、大金（銀の粒などではなく、金の昔の時代の硬貨）を持っているという事だ。盗品と疑われ面倒になるのは避けたかった。街に入った時に、サーリーと偶然に出会った事で、サマリは食べるものや泊まる場所に困らなかった。すぐに食堂で働いた為、金貨を持ち出す事なく、今に至る。
（そうだわ、サーリーにこっそり換金出来ないか訊いてみよう！）
もし出来れば幌馬車の手配もしたい。
そう考えつくと、日蝕の日までそんなに余裕もなく、いてもたっても居られなくなってきた。
サマリは急にバタバタと身繕いを始めた。
その物音に、うずくまって休んでいたソルも顔をあげた。
『おはよう、ピピ、私の可愛い可愛いサマリちゃん！ピピ！今日もキラキラ金の髪、ピピ！』
サマリは、ソルの囀りに頬を緩ませる。今こうしてソルの言っている意味がわかるが、この囀りの調べは物心ついてから毎日ずっと聴いてきた旋律だ。今までもずっと、ソルに愛され可愛がられて来た事を、実感せずにはいられない。
「おはよう、ソル。私、街に戻って色々と準備をしなきゃいけないわ」
その言葉をすぐに理解したソルは、バサッと宙へ舞い飛んだ。
イフリーテの居城は、人間の住む豪華な城の様な体をしているが、何処か不自然。そもそも人の住む空間では無い。窓の外の景色は嵌め込みのように曖昧で、今が昼か夜かもわからない。部屋は何故だか明るくて、勝手に燭台に火が灯ったり、消えたりしていた。サマリにはわからないが、きっと此処に下位の炎の精霊がいるのだろう。
ソルが囀ると、サマリの視界は急に揺らいだ。
目眩なのかと数秒瞬きをすると、目の前には昨夜の豪華な食卓と応接間の景色が現れた。
「え、えー！？」
サマリは思わず大声を出してしまい、慌てて自分の口を押さえた。
クスクスと笑う声がして、ギョッとして振り向くと、そこにいつのまにかイフリーテが座って立ち尽くすサマリを見上げていた。
『ふふふ、其方の理解の範囲で人間仕様に見せているだけなのでね』
部屋が幾つもある広い城なのだ、というサマリの認識は思い込みだった。よく此処に辿り着けたものだと、改めてサマリはソルに感謝した。辿り着いたという表現も微妙に違う。此処に辿り着くまでの苦難を、サマリはずっとイフリーテに見られていて、ようやくその決意を認められて、招き入れてもらったのだろう。
「この食べ物も幻？」
昨日と全く同じものが並んで、同じように湯気が立っているのは不思議な光景だった。
『これはサマリと友の為に用意させた本物よ。その器の水もね。私と違って必要でしょう？』
イフリーテが優しく頷くので、サマリは勧められるままに器を口に運んだ。ひんやりとした真水は、起き抜けのサマリの身体に染み入った。サマリは神殿奥の自分の家で、壁から流れる湧水を飲んでいたが、それよりもずっと甘く柔らかい水だった。
「おい・・しい！」
側ではソルもピチャピチャと水の器をついばんでいる。
『リーテちゃん！ピピ！ありがとうね！』
だんだんと顔を突っ込んで、今にもその器に身体を浸しそうな勢いだ。
サマリは、イフリーテに「此処を出発して、日蝕前までにオアシスの村に帰り、色々な準備をしておきたい」と申し出た。
イフリーテは快くその申し出を承諾した後、サマリの腰の袋を指差した。
『サマリ、そなた便利なものを持っているではないか？そこに私の力の一部を込めてあげよう。それを私からそなた個人への贈り物としよう』
『便利なもの』とは、まだ村にいた時に、ソルがお土産にくれた鉱石を指しているようだった。あれからバタバタしてすっかり存在を忘れていたものだ。サマリは、何故自分がこの石を持っている事をイフリーテが知っているのか疑問に思ったが、炎の精霊のする事にいちいち疑問を抱くのも野暮だと思い直し、素直に石を取り出して渡した。
続く
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