サーリーは、ラウダとの再会を喜ぶサマリを(こんな顔もするんだな)と眺めていた。ラウダの元気さに吊られているところもあるがそのはしゃぎぶりは年相応で、安心する。
サマリは、サーリーと共に村長宅へと招き入れられた。長老への用事は腹拵えをしてからだ。
ラウダは「今朝の残りでこんなのしかないけど」と言いながら、料理を二人の前に並べてくれた。サーリーは興味深々に出て来る食材を覗き込んだ。どれもこの小さな村で採れる芋や豆、トカゲの肉などを使った素朴な料理である。
豆をすりつぶし平たく伸ばして焼いたものに、濃いめに味をつけた刻み肉を挟んで食べるのがこの村では一般的だ。サマリは慣れた手つきで肉を挟むと、サーリーにそれを一つ渡し、自分も大きな口を開けて食べ始めた。
サーリーはもぐもぐと口を動かしながらラウダの止まらないお喋りに適当に相槌を打つ。サマリは時折話に出てくる現在の村の様子や小さな事件を聞いて、状況を把握しつつあった。
少しバタバタとした音と共に、聞き慣れた声がした。
「ラウダ!鳥の子が帰ってきたと?ラウダ?」
ほんの少ししか離れていないのに懐かしい声。すぐに三人の前に長老と村長、その息子達が姿を現した。
「おぉ!鳥の子、無事のお帰りだ。毎日どれだけお前の帰りを待ち侘びた事か!」
いくつもの視線が、サマリとサーリーを取り囲み、落ち着かない事この上ない。村に帰ってきて少し気持ちが緩んでいたサマリだったが、朝食を中断。長老の部屋に移動する事となった。
「サーリーはどうする?まだここで食べていても良いのよ」
サマリはそう言って微笑みかけた。既に立ち上がっている。サーリーにはその言葉が(一緒に来て欲しい)と言われているように聞こえた。
「いや、一緒行く」
今、自分に向けられる『こいつはいったい誰なんだ』という視線も痛かったが、ラウダの送ってくる秋波も一人では対処しきれそうにない。サーリーは腰を上げつつ、最後に奥の焼いたバナナに手を伸ばした。
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長老の部屋には、サマリ、サーリー、長老、村長、その長男アンワルが集まった。
そこは、もう引退した年寄りの趣味の部屋と化していた。羊皮紙の束や薄切りの板、庭に捨てられていた神殿の岩壁などが所狭しと並んでいる。サマリがいない間に、ますます散らかってしまったようだ。
長老は慌てて全員が座る場所を確保しようと片付けを始めた。
「鳥の子や、手伝っておくれ。あー!アンワル、お前は触るでない!」
気を効かせようとしたアンワルだったがピシャリと釘を刺され、苦笑いして手を引っ込める。
「爺ちゃんは相変わらずサマリ大好きだな」
村の後継者として立派に働いているアンワルも、長老の研究の前ではものを知らないただの孫であった。それは特に悪意ある言葉では無かったが、サーリーはサマリの微妙な立ち位置を感じ、彼女の気苦労の一端を見た気がした。
なんとか五人が座れる場所を確保し、サマリがオアシスの水源問題とその解決法を説明し始めると、村長は信じられないと言って顔を顰めた。
「病人も怪我人も、全員が村を避難するなんて!どうなるかもわからないのに?」
風の精霊だの炎の精霊だの、そんな曖昧なものを信じて人を動かせるわけがない、と村長は声を上げた。
「精霊はいる!いるんだぞ。それに、もしいう通りに移動せずに大事な村人の命が無くなったらどうする?村に被害が出ても、命さえあればなんとかなる」
長老は息子の説得を試みたが、なかなかに難しい。
サマリはじっと二人の様子を見ていたが、やがて再び口を開いた。
「ナージルがあと数日で幌馬車で村に来ます。そこに病人も乗せられます。精霊の力が信じられないですか?それなら私が、皆さんに目に見える形でそれをお見せしたら、信じてくれますか?」
サマリは、そう言いながら隣のサーリーの服の端をぎゅっと掴んだ。サーリーはそれに気がつき、サマリの手の上にそっと自分の手を重ね、子供をあやすようにポンポンと軽く叩いた。
「面白いじゃん!?」
アンワルが静かになってしまったこの場で明るい声を出した。
「みんなが納得出来るものが見られたら、俺、村の大移動に協力するよ。な?父さん!」
アンワルは幼馴染のよしみで、サマリにチャンスをくれたのかもしれない。これが失敗したら、被害がゼロでは収まらない。やるしかなかった。
天気はいつもの通り快晴。日は高く、遠くまでよく見える。
イフリーテの言う条件にぴったりの天候だ。
「今すぐに、村の外にでて待っていて欲しいです。歩けるもの、興味あるものは、全員」
そう言って、サマリは静かに立ち上がった。
続く