『ねぇぇ?サマリちゃーん・・・ピピ・・・』
太陽は西の空の向こうへ落ちて、夜はいっそう深まりつつあった。いつも天真爛漫なソルが、飛行中珍しく情け無い声を出してサマリに話しかけてきた。
まだ街を飛び立ったばかりだが、砂漠も夜は冷える。ずっと風を受けて、体感温度はどんどん下がっていく。サマリはやっと、ソルの背中に座る良い位置を見つけたところだった。
「どうしたの?ソル」
サマリは、白いフワフワな背中を撫でてやる。
『あのね、脚に、ピピ、脚になんか付いてるの!アタチ、モゾモゾするの!ピピィ・・・』
サマリは慌てて下を覗いたが、ソルの脚は見えない。前方に高めの岩壁が見えた為、一度そこに降りるように促した。
バサッバサッと羽音をたてて、ソルはその高台に降下した。
地面に着くと同時に、ソルの脚にしがみついていたサーリーはその手を離し、地面に転がる。
「サ、サマリ、今助けてやるからな・・」
その言葉とは裏腹に、サーリーは上空の寒さと風にやられ、ガチガチと歯を鳴らして震えている。落ちてはいけないと必死に脚を抱えていた為、手脚の筋肉が強張り立つのがやっとの様子だ。
そんな事など知らないサマリは、ソルの背中から軽やかに飛び降りた。そして、ソルのモゾモゾの正体がサーリーだとわかり、悲鳴に近い声を上げた。
「サーリー!!どうして?!」
慌てて駆け寄り、くずおれそうなサーリーを支える。身体が冷え切っていて、かなり辛そうだ。
『ピピ!モゾモゾ消えたわ!ピピッ』
ソルは怪鳥ロック鳥の姿のまま毛繕いを始め、脚をバタバタさせてのんきにしている。
「無事で良かった・・今、助け・・」
サーリーは、駆け寄るサマリの姿を見ると走ろうとして失敗し、膝から崩れた。サマリは慌ててサーリーの身体を支えて手をとった。緊張が解けたのかサーリーはにっこり笑って、そのまま気を失ってしまった。
上半身を支えているだけなのに、意識のない人の身体は重く、サマリは自分も地べたに座り込んだ。
サマリは、サーリーの顔に耳を近づけて呼吸を確かめる。きっと疲れと緊張なのだろう、規則正しい寝息を立てていた。
(私が連れ去られたと勘違いしたのね!?)
サマリはまじまじと膝の上の青年の顔を見た。整った顔を、サラリと銀髪が流れる。サマリはあの優しい薄い翠の瞳が見たかった。
「サーリー、起きて、ねぇ!」
世話焼きな事は知っている。それを差し引いたとしても、身体を張って助けに来てくれたサーリーの気持ちがどうしようもなく嬉しい。
(ここで寝ちゃったらだめじゃない)
最初に会ったキッカケも、ごろつきから助けてくれようとしたからだった。自力で脱出したけれど、とサマリはクスリと笑った。
(さて、この人をどうしたものか)と一瞬考え込む。大きな気配が動いて、座り込むサマリとサーリーを、頭上からソルが興味深そうに覗いている。
『ピピ!アタチこの人知ってるわ』
何故かソルは得意げである。
サマリは、ソルを見上げて微笑むと、空いた方の手で覗き込むソルのクチバシを撫でた。
『サマリちゃんに親切な人よ!ピピッ!良い人よ!ピピッ!何故ここに?』
サマリは先を急いでおり、かといってここに置き去りにするわけにはいかなかった。
「ソル、この人も一緒に連れて行って貰えるかしら」
目が覚めたら、説明しよう。ソルはマモノではない事をどうしたら信じて貰えるだろうか。
『ピピッ!もちろんよ!』
ソルは背伸びをする様に大きく一度羽を広げると、ブルン!と身震いをした。
そして、倒れたままのサーリーをその大きなクチバシで咥えて、ブンッと自分の背中に放り投げた。
(うっわ!なんだなんだ?)
その衝撃に驚いてサーリーは目を覚ましたが、今度は自分が地面ではない柔らかいものの上に乗っている事に二度驚き息を呑んだ。先程の筋肉の緊張がまだ解けておらず、身動きが不自由だったのが幸いだった。ここで動き回ったら落ちてしまう。
状況が理解出来ずにいた所に、今度はサマリが空から舞い降りて来た。
実際はサマリも、ソルのクチバシに咥えられて背中に乗せてもらったのだが、サーリーにはそう見えたのだ。
「サーリー、私と一緒にオアシスの村へ行こう!」
その返事を聞くより前に、もうソルは東へ向かって飛び立っていた。
疑問を差し挟む余裕も、無事の再会を喜ぶ隙もなかったが、サーリーに断る理由などない。再び上昇する世界には満天の星。隣にはサマリがいる。連れ帰ろうと思っていたのがちょっと逆方向になってしまったが、そんなことは今は良いのだ。
サーリーがソルの脚にしがみついていた時は、とにかく向かい風が強くて、身体が干からびるのではないかと感じていた。しかし、サマリの隣では、気にならないほど風が優しい。息苦しくもないし、一枚の何か柔らかい空気の衣を纏っているかのようだ。
(サマリは本当に女神様なのかな)
サーリーはふとそんな考えが頭をよぎって、サマリの白い横顔をチラリとみた。
薄い金の髪が、風に煽られて大きくなびく。前方を見据える大きな紫の瞳は、しばらくサーリーの視線を捉えて離さなかった。
続く