「そうだよな。俺が小さい頃は無料だったのに」
と、客の方がぼやき、それに大きく同意した相手が、酒をドンっとテーブルに置いた為中身が溢れ散る。
サマリは、後でこっそりサーリーに事情を訊いてみようと思いながらひたすらトカゲの串焼きを運んでいた。
夜は寝るものだと思っていたサマリは、彼らが夜通し飲んで騒ぐのを物珍しげに眺めた。不思議に自分も眠くならない。きっと新しい場所で興奮がまだ続いているのだろう。時折サーリーが厨房から顔を出し、こちらを気遣ってくれた。しかし、まだまだいけそうだ。
夜は更け、そしていよいよ東の空が白んできた。
「ご苦労さん、あんた初めてなのに良く働いたよ。本当に助かったよ」
そう女主人が言って、今日の分だと言ってゴールドをくれた。サマリはこの街の物価はまだよくわからないが、今回食堂の手伝いをした感覚からいうとかなり奮発してくれた気がする。
「ありがとう!」
ソルの巣から数枚の金貨と金の粒を持ち出していたサマリだったが、怪しまれずに換金する手段が無く不安に思っていたので助かった。サマリはギュッとゴールドを握りしめると、腰の袋にしまう事にする。
袋を開けると、底に、ソルのお土産の小さな鉱石の塊が目に止まる。
(あぁ、これが何なのかソルに訊くのをすっかり忘れていたわ)
オアシスの村では、何処に居ようともソルは自分を見つけてくれた。この大きな街で、ソルはちゃんと自分を探し出してくれるだろうか。
奥から、欠伸をしながらサーリーが出てきた。かなりお疲れの様子だと見たが、一晩中厨房で働いていたのだから当然だ。
サマリは慌てて袋の口を閉じた。
「サマリ、そろそろ日の出だ。太陽神の顔を拝みに行こうぜ!」
昨日からずっとサマリはサーリーの世話になっている。前から知り合いだったかのような自然な対応が、頼もしく、嬉しい。
「色々とありがとう、サーリー」
サマリの礼に、垂れ目の鮮やかな緑の目が一層眉尻を下げた。
「サーリー、お客さんが、昔は無料だったと怒っていた話、それはどう言う事なの?」
日の出を見るのに良い場所があると言われ後ろをついていく途中で、サマリは先ほどの疑問をぶつけてみた。
ズンズン歩いて行くサーリーはふと立ち止まって数歩遅れるサマリを待った。
「この街には、井戸が四つある。このうち二つは、海から近い場所に住んでる俺達下街の者が使ってるやつで、海から直接引いて来ただけだからしょっぱい」
サマリが追いついて顔一つ分も背の高いサーリーを見上げると、今度は少しゆっくりめの歩調でサマリと肩を並べて歩き出す。
「サマリも飲んだろ?俺達の生活用水には、塩気がある」
サーリーは困った顔で話を続けた。
「もう二つは、水源が違う。金持ちが住んでる奥の方の井戸は、しょっぱく無い」
元々、その井戸を中心に街が徐々に発展し、後から住み着いたものが周囲に家を構え、不便だからと井戸を新たに掘った所海水だった、というのが正しい。
けれども、神殿は少人数で井戸を一つ占有し、聖水と称して金銭を得ていた。
現在マッカの街の人々の、不満がそこにあった。
サマリは他人事とは思えなかった。
オアシスの村は近い将来水源が枯れてしまうかもしれないのだ。
(ソルが戻ってきたら、一刻も早く炎の精霊に会いに行こう)
と、サマリは浮かれた気持ちを引き締めた。