36.代金


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「こ、子供じゃありませんっ!」

思わずサマリは抗議の声を上げて、食堂の女主人を見た。

「うーん、良いよ、良いよ。今日は祭だし、サーリーの飯を食べて行きな。」

彼女は親切にそう言ってくれたが、サマリの「子供じゃない」と言う主張は完全にスルーされた。

サーリーは、店の通用口に近い端の席にサマリを座らせると、「少し休んでな」と言って自分も厨房へ入って行った。サマリは、サーリーにも訴えたくて口をパクパクさせたが、さすがに忙しそうで何も言えない。

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取り残されたサマリの耳に、奥から女主人の大きな声が聞こえてくる。

「あの子供の食事代は後で差し引くよ!」

(だから子供じゃないって・・・)

若作りの女主人の姿を思い出しながら、サマリはガックリと肩を落とした。

          🌹

夕暮れが差し迫って来ていた。

雲がどんどん遠くに流れていく。

サマリはポツンと椅子に座り、階下を眺めていた。祭り前の賑わいと、少しずつ火が灯されていくランタンを眺めているのは楽しかった。この世の中にはこんなに人が居るんだ、と驚きを隠せない。街は人に溢れて、人混みに酔いそうな程だ。何もかもが新鮮で物珍しい。

そして、ここの空気はオアシスの村よりもほんの少しだけ湿気を帯びて柔らかかった。

 

美味しそうな香りが漂ってくる。店の中では準備が着々と進んでいるようだ。

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しばらくすると、席の脇の通用口に、注文された食材の追加を卸す初老の男性がやって来た。

女主人が中の仕事の手を止めて出てくると、業者の男と受取を始めたが、今日はいつもよりずっと量が多いらしく、時間がかかっている。見た事もない食材が目の前に積まれるのを、サマリは黙って見ていた。

男性は、渡す分量と金額を口早に捲し立て、4300Gを要求した。

「なんだい、今日は随分と高いんだね」

そう文句をつきながら財布の紐を緩めた女主人の服の裾を、サマリは軽く引っ張って止めた。

「ん?どうしたい」

「おばさん、金額が違うわ。2500Gよ。」

疑われたとばかりにギロリと業者に睨まれて、サマリは思わず女主人の背後へ隠れた。

女主人は驚いて、業者を睨みつける。同時にサマリを感心したように見つめた。女主人が改めて悩みながら計算すると、サマリの言う通りであった。

女主人は、業者に向かって

「あんた、この祭りのドサクサに紛れてぼったくろうって魂胆かい!?」

と手を振り上げたが、サマリは(故意かどうかは別として)業者の計算間違いの場所と理由まで説明し、とりあえずその場は正しい金額のやり取りをして事なきを得た。

「小さいのに頭いいんだねぇ。何処で覚えたんだい!見た目の割に良いとこの子なのかい?」

サマリは褒められているのか貶されているのか一瞬悩んだが、この女主人は気持ちに表裏のないサッパリした人物らしい。

「私は、サマリ。オアシスの村から来ました。何かお手伝い出来ることがあれば。。」

サマリがそう挨拶すると、話はあれよあれよと言う間に進み、祭のある今晩と明日、この店で働く事になった。

本当は、すぐにでも神殿へ行きたかったのだが、祭で誰しもが忙しく、情報収集出来そうにない事、ソルとまだ会えていない事もありしばらくこの親切な二人の世話になる事にした。

         🌹

サマリは、すぐに仕事を覚え、クルクルとよく働いた。屈託のない笑顔で客あしらいをし、そつがない。オアシスの村で培って来た孤児の処世術だった。

すっかりサマリを気に入った女主人が、

「こんな良い子、何処から連れてきたんだい?」

とサーリーに訊ねたが、訊かれた本人は鍋を動かす手を止めずに

「今朝、長旅から街に着いたのと会ったばかりさ。疲れてるだろうに、あんな小さい子に働かせ過ぎだろ?」

と答え、眉間に皺を寄せた。 

         🌹

サーリーに気遣われた当の本人は、至って元気だった。

気を失ったまま街外れに倒れていた時の、ソルが掴んでいた腰の痛みと腫れは既に引いた。

元々底無しの体力がある。そこに、新天地での興奮状態が加味されて、自分でも気がつかないくらいにはしゃいでいた。

最初は、ならず者に絡まれて怖い思いをしたが、そのおかげでサーリーに出会う事が出来た。しばし自分の使命を忘れ、楽しそうに客の注文を取るサマリだった。

         🌹

夜が更け、空は満天の星。街は至る所にランタンの灯りが灯され、多くの人が中央の広場に集まり始めていた。

サマリのいる食堂のテラスから、人の動きが良く見える。

サマリは客が去った後の机を片付けながら階下をチラリと眺めた。

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「サーリー、何か始まるの?」

皿や器を渡しながら、サマリは小さな声で訊ねた。

「そろそろかな。あのバルコニーに、月の姫が現れるのを、みんな待っているのさ」

サマリが振り向くと、食堂の客達も食べる事をやめ、皆中央の建物の3階を見上げていた。

「月の、姫・・・」

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このマッカの街の神殿に仕える巫女の中で、特に力があり、人気のある女性に付けられた通り名らしい。

その月の姫が、バルコニーに神殿長と共に立ち、祭の開催を告げ皆に言祝ぎ(ことほぎ)を与えるのだという。

まだ人気のないバルコニーをチラリと見ながら、サマリは地下神殿で読んだ古代文字の一節を思い出していた。

『月の子の願い、月の子の譜を捧げ、佳人リーテの炎を授からん』

 

         続く


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