ならず者達の注意が、駆けてくる青年サーリーの方に向いたその時を逃さず、腰にぶら下げていた短刀を鞘ごと引き抜いて逆手に持つと、サマリは右側の男の腹に向かって体当たりを喰らわせた。
グァッ！
突然のことに怯んで背後にたたらを踏んだところを、さっと身を屈めて脚をかけて転ばせる。
まだ戦う事に戸惑いがあり、加減がわからず、動きは鈍い。見た目だけで大した相手ではなかったのが幸いだった。
（もっとナージルの言う事聞いてちゃんと実践形式もしておくんだった）
後悔しながらも、今はとにかく必死。かかる火の粉は振り払わなければ。
次に目の前の小柄な男の首筋に、短剣の柄を容赦なく打ち込んだ。相手の油断をついた攻撃は今迄した事のないもので、サマリは全身が粟だつような気持ちを懸命に堪えていた。早くこの囲みを突破したい。
「このやろう！！」
3人目はサマリの攻撃に反応して、自分も短剣を振り下ろす。サマリは降ってくる手をかわし、一歩内側に入り込むと、やはり脇腹に柄を打ち込む。
まさか目の前の怯えた少女が歯向かってくると思わなかった為に、彼らの衝撃は大きかった。ちょっと脅かして美味しい思いをしようと思っただけが、このざまだ。
最初に転ばせた男が体制を立て直した時、ようやくサーリーが追いついた。
「おい、こっちだ！」
サーリーは腕をグイッと振ってこっちへ来いとサマリに言った。
鮮やかな緑色の垂れた瞳が、真剣にサマリをみていた。
とにかくこの場から離れよう。彼について行こう。
最後に、起き上がった男の腹に足蹴りを食らわすと、その勢いで痛みに屈んだ男の肩に手をつき、それを軸として宙に身を翻した。壁際に位置していたサマリは、路地側に脱する。鮮やかに宙を舞う姿に、思わず見とれて口笛を吹くサーリー。サマリは彼に追い付くと、その一歩後ろを走って逃げた。
腹を抑えながら叫んで武器を掲げるならず者達の怒号を背中に聞きながら、二人は路地裏の奥へと走って行く。
🌹
路上に絨毯が引かれ、その上に綺麗に巻かれた絨毯が並べられている。こちらは商品のようだ。敷かれた絨毯の手前には、薄いスカーフや帯のような小物が並んでいる。店番をしているのは年取ったサーリーの父親だった。
「サーリー、戻ったのか」
その問いかけに、訊かれた本人は軽く笑って「おう」とだけ答えると、店の奥にある扉を開け、サマリに中に入るように促した。
サマリは一瞬戸惑ったが、店先の父親にペコリと頭を下げると、家の中に入って行った。父親はほんの少し目を見張り、サマリに微笑んだが、それ以上は何も言わず、また店先で帳簿を見始めた。
「お前、強かったんだなぁ。俺が行くまでもなかった。」
そう苦笑いしながら、サーリーは軽く周囲の荷物をどかしてサマリにその辺に適当に座るように促した。
「ううん、助けてくれてありがとう。私、迷子になっちゃって。」
サマリは言われるままに敷物の上にペタリと座り、周囲を見渡した。
「あいつらはこの辺のごろつきさ。災難だったな」
そう言いながら、サーリーはかまどに火を起こし始めた。
こじんまりとした部屋。部屋の大きさの割にモノが多過ぎるのだろう。綺麗にしてあるのに雑然とした印象が拭えない。
今迄、広々とした場所で生活して来たサマリは、その狭さに内心驚いていた。けれども、居心地は悪くない。それはこの目の前の青年の雰囲気のせいなのだろうか。
「あの、お水を、いただけますか？」
緊張がほどけて、自分がずっと何も食べていない事を思い出すと、また急激に喉が渇いてきた。
恐る恐る頼んでみると、しゃがみ込んでかまどの火を見ていたサーリーが振り向いて笑い、サマリのすぐ傍にある甕(かめ)を指差した。
「そうだよな。今急いで準備してるからさ、あぁ、そこの甕の水を、この器に少し入れてくれるか？」
言われるままに少し大きな器と柄杓を受け取ると、サーリーは何やら忙しそうに台所で作業を始め、口を挟む隙がない。
サマリが目の前の甕の蓋を開けて覗き込むと、中には並々と水が入っていた。
とにかく、早く喉を潤したかった。サマリは水面を見つめ、我慢が出来なくなっていた。
(こんな大きな器なんて要らない、この柄杓で今一口さえ飲めれば！)そう考えたサマリは、器に入れるより先に柄杓の水を口に運んで含んだ。
「！？」
ブファッ！
次の瞬間、サマリは口から盛大に水を噴き出し、胸元がびしょ濡れになる。一瞬何が起こったかわからないといったように目を大きく見開き、手で口を抑えた。
続く
