光が床から、石板に伸びて行く。
サマリの足元から、その光は、天井の文字を反転して映し出す。それが元から刻んであった記号のような意味のない文字と重なると、古代文字が現れた。
「サマリちゃん、歌って!歌って!ピピ!」
ソルは嬉しそうに軽やかに宙を舞う。
一方サマリ本人は必死だ。
目を見開いて、石板を凝視する。
この光が無くなれば、それでなくても難しい古代文字が読めなくなる。時間はあまりなさそうだ。
(讃えん・・。美しき、暁の姫を讃えん?えっと・・、これは、光?んもー!!)
文字が下から読めるようになるので、全体の解釈が難しい。サマリは床にペタンと座り込み、壁を眺める。
途中からサマリは読む事を諦め、袋からパピルスと炭の棒を取り出して書き写す作業に切り替えた。
(長老、これすごく役に立ってるよ!)
サマリは必死に手を動かす。
書き写し作業が石板の中央まで進んだ時、ふと足元を見ると光が途切れ、下の方の文字は消え始めていた。
(うわー!早く、早く!急がなきゃ!)
サマリは大慌てでパピルスを二枚使い切る。
上の方は、パピルスが足りなくなってしまい、記憶していくしかない。
大混乱のサマリをよそに、ソルは囀る。何か懐かしい旋律をのせて。
(その炎は命の光、輝ける佳人リーテの瞳は時を止め、時を移し、何処に誘わん。ル・・ナ、ルナ?これ月?月の子の願い、月の子の譜を捧げ、佳人リーテの炎を授からん。)
そこから下は、既に書き写し済みだ。外界の月が傾き始め、石板に映る光の範囲も狭まって来た。
気がつくと、地下神殿全体の青い光が弱まっている。辺りは暗く、足元がおぼつかなくなって来た。
(もしかして、早く出ないと閉じ込められる?)
難しい構造の部屋ではないけれど、暗闇は危険だ。
「ソル、そろそろ戻ろう。なんだか、部屋が暗くなって来て怖いの」
すぐそばにソルの気配を感じる事だけが、サマリの命綱だった。
『サマリちゃん、帰ろ!帰ろ!ピピ!こっちよ、アタチについてきて!』
帰路は暗い道を周囲を探る様に帰る事となった。闇が深まるにつれ、薄ぼんやりとした霊のような、ヒンヤリとした空気を感じ、サマリは慌てて地下神殿を後にした。
パピルスを長老に預けて、その内容の解読を任せ、サマリは以後数日地下神殿に通い詰めた。しかし、昼間は光の心配はない代わりに字が読めない。夜は月が出ても、月齢の変動と共に光の差す位置がずれて、思った場所の字が現れない。
(もしかして、これは一年がかりなのでは?この前の晩が、ちょうどその日だったのかも知れない)
すました顔で毛繕いをするソルを横目に、サマリは鏡の間に座り込み、考え込んだ。
(来年までなんて、待っていられない!今読めた分と、パピルスの分だけ覚えたら、私はこの村を出るわ)
🌹
何がそんなにサマリを焦らせるのか、本人にはっきりした確信はなかった。
村のオアシスが枯れて、村が滅んでしまうかもしれない危機感は、もちろんある。
けれども、それ以上に、未知への好奇心に抗えなかった。自分にしか出来ないことがあるという事実が、サマリを強くする。
村人達の庇護の元、孤児がここまで大きくなれた。一定の距離感、理解しがたい自分に向けられる恐れ、良い子であり続けようとした努力の日々。
サマリは、ようやく自由になるのだ。
続く