ヤシの葉の上にトカゲの燻製の丸焼きがのっている。
赤みかかった豆のスープは、湯気をあげて優しい匂いを運んでくる。
サマリは、スープをヤシの実の器によそりながらクンクンと匂いを嗅ぎ、目を細めた。
今日は大勢が夕飯に集まってきているので、机では無く、村長の家の広間にゴザをしき、その上に料理が並べられた。
中央には、野牛の肉を捌いて炭火焼きにしたものが豪快に置かれている。
先程、村長の次男カーミルが家のすぐ脇で捌いていたあの肉だ。
隊商が村を去っていった今朝、それと入れ替わるように数人の村の男達が狩りから帰還した。
今回は大収穫で、男達は鼻高々だ。
とってきた獲物は、狩に行けない世帯にも分けられ、振る舞われる。
独り占めなどしない。
食料問題は死活問題。小さな村で自分一人蓄えたとしても、隣人が飢えていなくなったらすぐに自分に影響が出て来る。
助け合わねば、誰も生きていけない。
村長一家は働き者で、長男アンワルは父の補佐。次男カーミルと三男スウードはよく狩に出ていた。
ラウダは長女だが、上から四番目。その下にもう一人小さい弟デイヤーがいる。
広間には、長老と村長の家族、他にも数名が招かれていた。
その食事の支度の他に、ラウダの母は訪れた人々に肉の塊を分け与える役割を果たしていて大忙しだ。
サマリも、ラウダと共に手伝いをしているが、それを邪魔する者達がいた。
世話好きで口さがない客の大人達は、そろそろ2人が結婚相手を見つける頃だとうるさかった。
「うちの息子なんか、どうだね?ラウダちゃん」
「何言ってるのよ、おじさん。もう自分の息子に恋人がいるのを知らないのは、おじさんだけよ?」
ラウダはドンッと乱暴にチュマアと呼ばれる薄いパンをその客の前に置くと、不快な表情を隠しもせずにその場から離れた。
「はぅ!?き、聞いとらんし、許さんぞ!」
「はいはい」
部屋の片付けを終えた長老が、広間に来て客に挨拶をし始めた。
「お義父様、こちらで肉を配ってくださらない?」
「今行こう」
段々と賑わってくる広間。長老も、サマリの後ろで嫁の手伝いに加わった。
最近、村の人と会うと結婚の話ばかりで、サマリは少々うんざりしていた。
自分が婚期を過ぎている事は知っているが、孤児の身では無縁の話だ。はっきりした自分の誕生日を、サマリは知らないけれど、長老が言うには17歳くらい。
村の少女達は15歳を過ぎると嫁に行く。
今話題にされているラウダは、16歳になったばかりだ。
サマリは孤児だ。持参金もない。
そもそも、長老の家族以外で心を開いて接してくれるのは、ナージフだけだったのだから。
(急にそんな事言われてもね。無責任にも程があるわ)
サマリの場合、女だからと特に生活に困っているわけでもなかったので、尚更だ。
「サマリちゃんは誰か良い人がいるのかね?」
とりあえず話を振っておかなければと思ったのだろう。大人の一人がそう話しかけて来た。
サマリは、豆のスープを客達によそりながら、適当に答えた。
「そうねぇ、私、誰も良い人がいないから、ナージルについて行こうかな」
あり得なそうで、あり得るような、この絶妙な人選に飛び上がったのは、後ろにいた長老だった。
続く