32.駱駝(ラクダ)


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神殿の外壁を登ってサマリの家である天幕にたどり着く途中に、横穴が二つある。大きい方は、サマリの家に続いている。腰を屈めないと通れない小さな横穴は、ここ数年入ったことが無かった。

サマリは腰と背中に旅立ちの荷物をくくりつけ、ソルに言われるまま、小さな横穴に入っていった。すぐに頭上が開けて、星空が見えた。そしてサマリの目の前には、自分が3人は寝られるのではないかと思う程に大きな大きな鳥の巣があった。

「・・・・」

そうだ。たぶんサマリは何処かでわかっていた。忘れた事にして、真実を知るのが怖くて、気がつかないフリをしていた。小さい頃の朧げな記憶。。。

今感じているのは、恐怖とは違う。でもまだ、頭の整理がつかず、混乱したまま、巣を見つめた。

『サマリちゃん、これあげる。ピ!』

数歩進むと、あまり使われている様子はなく、代わりに巣の中に一抱え程の金が積み重なっているのが見えた。

金貨を始め、金の壺、金の延べ棒、金の腕輪、あらゆる光るものが、ゴチャッとためてある。

ソルは豪華な金細工の三連のネックレスを嘴に加え、サマリの手のひらに押し込めた。

「ソル、こ、これは?」

とりあえず握りしめたネックレスは、月明かりに照らされてキラキラと光った。

『アタチ、光るモノが好き!好きなの集めた!ピピ!』

あまり通貨の流通していないオアシスの村だったが、サマリにもその概念と金の価値はわかる。これは、かなり、大変な事なのだ。

『でも一番キラキラしてるのは、サマリちゃん!ピピ!アタチの宝物!ピピッ!輝く金の髪、宝石の瞳!可愛い!ピピ!』

ソルの中では、この宝物も自分も同じ括りになっているらしい。サマリは苦笑いをしながら、ソルに提案した。

「ソル、旅先にこれは持っていけないから、他の小さなものを貰っても良いかしら?」

きっと金が必要になる時が来る。サマリは、沢山あげると言うソルの提案を丁重に断り、ネックレスと金の粒を交換し、袋に大事にしまった。

 

『サマリちゃん、ピピッ!街に行くわよ!ピピッ!駱駝は、アタチのよ!』

駱駝に固執するソルに向かって頷くと、ソルはサマリの目の前で黄色い羽を震わせた。

バタバタッ!と大きく風が舞い、砂埃が起きる。

砂埃から眼を守ろうとサマリは顔を背けた。すぐに風の音はやみ、静かになる。何か大きなものの息遣いを感じ、サマリはそっと眼を開いた。

「ソ・・ル・・?」

サマリの目の前に、何の予告も無く、巨大な白いアルビノの鳥が立っていた。身体を見た事もない派手な花で飾り立て、赤い瞳で、じっとサマリを見据えている。

(も、もうだめ・・・)

頭の中が追いつかなかった。眠気と、緊張と、驚きで、サマリはそのまま気を失って倒れた。

          🌹

『あら、アタチの可愛いサマリちゃん??ピピ?』

巨大な本来の姿を表したソルは、サマリが倒れてしまったのをキョトンと眺めた。約束通り、サマリを北西の大きな街に連れて行くのだ。そして、駱駝は、自分のものだ!

少し小首を傾げていたソルは、倒れたサマリを荷物ごと鱗に覆われた左足で掴み、大空へと舞い上がった。

ソルは迷わず村の長老の家の裏へ向かうと、昼間見た駱駝目掛けて急降下、空いている右足で駱駝をガッシリと掴んだ。

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『アタチのーー!ふんっ!』

駱駝はまだきちんと紐に繋がれていたが、ソルは紐を結んだ柱ごと力任せに地面から引っこ抜き、飼育小屋をぶち壊し、あっという間に空の彼方へと飛びたった。

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『ブォモー・・ブォモー・・』

突如襲われて身体を鷲掴みにされた駱駝は、シワがれた物悲しい声で鳴いたが、もうその鳴き声は村の誰にも聞こえなかった。

飼育小屋の崩壊する音を聞き、長老一家の男達が松明を持って崩れた小屋に駆けつける。

しかし、全てを察した長老が家族に騒がないように告げると、残った二頭の駱駝の無事を確認したのみで彼らは家に戻って行った。

空を見上げ、祈る長老だけが、しばらくその場に残された。

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          🌹

バサッバサッと羽音をたてながら、ソルは目的地へ向かっていた。

サマリはソルの脚の中で、気を失ったままだ。

『駱駝はアタチの!ピピッ!』

ソルは嬉しそうに囀ると、速度を上げて西北に向かい月夜を飛んで行った。眼下は赤茶けた岩砂漠。遠くに海が見える。もうすぐ、目的地だ。

         🌹

ソルが飛んで行くのと同じ線上を、地上では比較的大きな隊商が旅の途中の休憩を取っていた。

真夜中、雇い主の商人達は眠りについているが、雇われた傭兵達は交代で寝ずの番だ。

焚き火を切らしてはいけない。

「隊長、そろそろ時間なので交代しますよ」

若い傭兵が近づいて、先に焚火番をしていた男に声をかけた。

「おぅ、イブンか。もうそんな時間か」

そう言って振り向いたのは、ナージフだった。

ナージフは立ち上がらずに、イブンを隣に座らせた。

「そろそろ、マッカに着くな。何事もなければあと3日だ」

焚火の薪を整えて、ナージフはイブンをあれこれ労った。

その時。

『ブォモー・・、ブォモー・・』

「駱駝?」

耳の良いイブンは、何処かで駱駝の鳴き声を聞いたような気がしてキョロキョロした。

落ち着かない様子のイブンを見て、ナージフも周りの様子を警戒する。

「???」

ナージフが上空を見上げると、大きな大きな鳥が何かを掴んだ状態で、月の前を横切って行くのが一瞬だけ見えた。

本当にそれは一瞬で、その羽ばたく姿はすぐに闇に溶けていった。

(今のは何だったんだろう?同じ街の方向に向かったような)

何事も無ければ良いが、とナージフは月夜を眺めた。

 

(あいつ、あの後大丈夫だったかな。また泣いてないかな。)

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ナージフは急にサマリの事をを思い出した。何故思い出したのか、理由はわからない。まだ目的地に着いてもいないのに、早く次の逆方向へ向かう仕事を探そう、とナージフは決心するのだった。

 

        続く


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