「な、何?鳥の子よ、お願いだから村を出て行くなど言わないでおくれ?」
配っていた肉をその場に放り出して、長老はサマリの方に向き直った。
その慌てふためきように、その場にいた誰もがキョトンと長老を見つめた。
サマリも、ここまで驚かれるとは思っていなかったので、慌てて否定する。
長老の驚きように、こちらの方が驚いてしまって、危うくスープの入れ物を取り落とす所だった。
「長老、心配しなくても、私、何処にも行かないから」
「うんうん、鳥の子には私が責任持って、いい旦那候補を連れて来るからな?そうだ、うちの3番目の孫のスウードはどうじゃ?いや、あいつはちょっと軽い所があって心配だの。なら、2番目の孫のカーミルはどうじゃ?」
「ち、長老、あのね、私ちゃんとここにいるから」
村長の息子達など、とんでもない事だ。
「鳥の子よ、お前は大事な私の家族じゃよ?」
「う、うん・・・」
長老が、周りの大人達に(ほれ!同調しなさい!早く!)と強い視線を送ってきたので、みんなも慌てて、うんうん、と髪を振り乱してうなづいた。
サマリは、敏感に違和感を感じ取り、何となく素直には喜べなかった。
(私を引き留める理由が他にある気がする)
その後の夕食で長老は、サマリを長い時間自分の側から離さなかった。
やたらに褒められ、可愛がられ、ちやほやされて居心地が悪く、おしりがもぞもぞする。
(今日の「すぐお腹が空く料理」は味がしない・・)
大好物のトカゲの燻製も、野牛の豪華な炭火焼きも、甘い果実も、あまり喉を通らなかった。
ラウダの母が、少し心配そうに此方に視線を送ってきていたが、特に話をするには至らず、時間は過ぎていった。
日が傾き、月と満天の星が姿を表した。
(このくらい月が出た晴れた空なら、今からでも帰れそう)
男達は豪華な夕食に舌鼓を打ち、狩の成功を褒め称えあい、宴は盛り上がっていた。
サマリは、食べ終わった後は裏方として手伝いをしていたけれど、一息ついた頃、そっとラウダを捕まえて耳元で囁いた。
「ラウダちゃん、私、今日は帰るわ。長老やおばさんに、ご馳走様と伝えてくれる?」
「え、だってサマリちゃん、もう寝床も用意したのに!」
ラウダは、サマリと後ろの長老達を忙しく見比べて、小声で抗議した。
しーっと、人差し指を口許に添えると、サマリは静かに小首を傾げて微笑んだ。
サマリの気持ちは変わらなそうだ。
ラウダはがっくりと肩を落とす。
夜は二人で眠くなるまで女同士のおしゃべりをしようと楽しみにしていたのに。
「わかったわ。また遊びに来て?」
「もちろんよ」
ラウダは言われるがままに、そっと外へ出るサマリの白い背中を静かに見送った。
続く