オアシスの村を出て、マッカの街の神殿へ向かう決意を告げると、長老は心配そうな顔でサマリを抱きしめ、髪を撫でてくれた。
この前のように引き留めることはなく、サマリの助けになるようにと、裏手の小屋に案内し、一頭の駱駝を指差した。
「この駱駝を鳥の子にやろう。これにのって、街まで旅するが良い」
サマリが小屋を覗き込むと、綺麗に手入れされた駱駝が草を食んでいた。村にたった3頭しかいない貴重な駱駝だ。
長老と一緒の場所でずっと不機嫌だったソルが、駱駝を見て急に嬉しそうに囀り始めた。
「ピピ!駱駝よ、駱駝よ!ピピ!久しぶりだわ!この駱駝はサマリちゃんのものね?サマリちゃんはこの駱駝、アタチにくれるかしら!ピピ!!駱駝よ!ピピピピ!ほちいわ!駱駝、ほちい!」
ソルの言葉は聴こえていたが、その場では返事も疑問も差し挟めなくて、とりあえず貰える駱駝の確認をする。これで思っていたよりずっと旅が楽になるだろうと、サマリは安堵した。
次に長老は、サマリを村のはずれの墓へと誘った。ここに、サマリの本当の両親が眠っている。
いわゆる合祀墓地で、大きな立派な石の下に、多くの村人と共に葬られたらしい。
「美しいご両親だったよ。丁度遺跡の入り口に倒れていてな・・」
何度か昔聞いた事のある内容ではあったけれど、サマリはその話を聞くのが嫌ではなかった。長老が自分達を見つけてくれたのだから。
「もう、父親の方は事キレていて、ほれ、お前が大きくなってから渡したその腕輪をしていたよ」と、サマリの金の腕輪を指差した。
「母親は、ようやく立てるようになったくらいの鳥の子を私に託した。」
そんな昔話をしんみり聞いていると、ソルが不機嫌そうに鳴いた。
『ピピッ!嘘付き!サマリちゃんはアタチの子よ!ピピ!アタチが見つけた!アタチが!』
ソルが騒がしく、サマリはシーッと人差し指を口元に当ててソルに目配せした。
『ピ!』
ソルは喋るのをやめたが、まだ何か言いたそうだ。
来る途中に詰んできた花を墓に供え、サマリは旅立ちの決意を新たにした。
「お父さん、お母さん、私を見守って。行ってきます」
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石板の文字を写したパピルスには、長老の訳も書き加えてもらい、サマリは再びそれを受け取る。
旅立ちは歩きやすい温度の明日の夜明け前、説明は長老に任せて、他の村人には黙って出立する事にした。
サマリがナージフ達の旅立ちを見送り、その日の夜にリヤハが現れてから、まだ7日しか経っていないのに、まるで何ヶ月も過ぎたように感じた。
サマリは荒れたままの自分のテントに戻ると、干してあった命の草をを取り入れ始めた。
数日しっかり干した草は、良い具合に乾燥している。それをなるべく小さくまとめ、持っていくつもりだ。此処に残しておく訳にはいかないし、食料としてもきっとこの先役に立つ。
「ソル、大体準備出来たよ。後は休んで、明日の早朝に駱駝に乗って、出発しようね」
サマリは残っていた木の実をかじりながら、側でチョロチョロしているソルに声をかけた。
『サマリちゃん、ピピ!サマリちゃんは、あの駱駝、私にくれないかしら?ピピ!』
ソルはサマリの右肩に乗り、頬に柔らかい頭を擦り付けた。どうやら、おねだりしているらしい。
昼もそんな事を言っていたが、貰ってどうするのかよくわからなくて、サマリは笑って答えた。
「あら、駱駝は旅をするのに必要よ?」
すると、ソルは左肩に乗り移って再び鳴いた。
『アタチがサマリちゃんを街まで連れて行ってあげる。ピピ!だから、あの駱駝はアタチにちょうだい?ほちいの。ピピピピ!とってもほちいの』
ソルと会話が出来る様になってからまだ数日だけれど、今迄ソルが自分に不都合な事などした事はなかった。ソルはサマリに愛情をたっぷり注いでくれていたし、今も、これからもだ。
サマリは、これは駱駝をあげるべきなのかな、と感じた。
「うん、駱駝はソルにあげるわ。元々徒歩で旅する予定だったものね。」
空に月が高く登り始めた。今日は半月。天気はよく、満天に星が瞬き、空気は澄んでいた。
夜も更けて、サマリは眠くなってきていた。今迄、命の草は夜になると光を帯びて、サマリの枕元を照らしてくれた。明かり用の篝火も必要なかったが、もうそれはない。明日の出発に向けてもう寝なければ、とサマリは思った。
ところが、駱駝を貰えると聞いたソルは興奮し始める。
『ピピ!私の可愛いサマリちゃん!好き好き!』
「ありがとう。ソル。ふわぁ、私もソルが大好きだよ。うーん、もう、寝ようか」
眠い目を擦りながら、サマリはそのまま横になろうとした。しかし、そんなサマリの服の端をかじってソルが寝かせてくれない。
『ピピ!サマリちゃん!荷物担いで!出発よ!』
ソルは小さい身体をバタバタさせて、サマリを促す。
「えぇー?だって今、真夜中よ?」
『ピピ!良いから、小さい方の横穴くぐって、来て来て!ピピッ!覚えてる?サマリちゃんの揺籠』
続く