気がついた時、サマリは一人だった。
マッカの正門から程近い外壁の脇に転がっていた。
「イッタタタタ・・・」
身体中が軋んで、すぐには起き上がれない。手足を庇いながらようやく砂の上に座り、自分の身体を眺めると、腰回りに赤紫のあざがくっきり出来ている。(なにこれ・・ここどこ。どうなってるの)と、サマリは形の良い眉を顰めた。身体が軋むだけで特に異常は無いし、紛失した荷物は無さそうで、とりあえずホッとする。
「ソル?・・・ソル?」
周りを見回して声を上げてみたが、ソルの姿は見つからなかった。
(ここは何処なんだろう?)
サマリは自分の状況を把握出来ていない。旅立ちの準備をしていた記憶はあるのだが。気を失った時は、オアシスの神殿の上に居たからだ。
ボサボサの髪のまま、荷物を担ぎ直す。
(喉が渇いたわ)
大きな土壁にぐるっと周囲を囲まれた街は、正門へ通じる道に人の流れがあり、サマリはそこに横から紛れる。特に誰かに見咎められる事もなく、すんなり街に入る事ができた。
マッカの街が砂漠の乾燥地帯に栄えたのは、西に海を望み、海での海外との交易が成り立つ所にあった為だ。ここは東西の流通の要として多くの商人が出入りした。金、香、絹、宝石、人も物も、あらゆるものがこの街を経由していく。
中心に位置する神殿の長が、人心を掌握し、王のような役割を果たす商業都市だ。
「うわー、すごい・・・」
仕事の為に多くの者が足早に通り過ぎる。人々は活気に溢れている。
街に入り、まず驚いたのは、多種多様の色んな肌の色の者たちが、当たり前のように同じ空間を行き来している事だった。
誰も、サマリに目を止めたり、奇異の眼を向けない。このサマリの金髪も、白い肌も、ここでは全く珍しいものではなかったのだ。
(私、私、この街が好きかも!!)
身体の痛みが些細に思えるほど、元気が出てくる。
「すみません、この街は何という街ですか」
サマリが門番の男に訊ねると、予想通りの答えが返ってきた。
「ん?お前、ここがマッカだとわからずに入ってきたのか?」
怪しんで身元を改めようとする門番を軽くかわし、その場を離れる。
(ソルが連れていくと言ったのは本当だったのね!でも一体どうやって?)
サマリは、自分が空を飛んで来たなどとは想像もつかない。移動手段は後でソルに聞けば良い、とサマリは大胆になっていた。疑問を解くよりも先に、この街の華やかさと自由さに興奮して、細かい事は何も気にならなかった。
サマリは井戸を探していた。とにかく喉がカラカラで、お腹も減った。出来れば、顔も洗いたい。
サマリは今まで、湧水のお陰で生活水に困った事がなかった。実はそれがこの上もなく贅沢な事なのだと、サマリは知らなかった。
小さい頃からとにかく体力だけはあるので、ふらふらと街を彷徨い歩き井戸を探したが見つからない。余所者のサマリはいつのまにか迷子になり、路地裏へ迷い込んでいた。
「困ったわ・・」
思わず声が出てしまっていた。
すると、近くでたむろしていた怪しげな男の一人が近づいて来た。
「お前見ない顔だな。誰の許可貰って入って来たんだよ」
明らかに値踏みをするような視線で見られ、サマリの警戒心は一気に跳ね上がる。
「・・・」
「返事も出来ないってか?へぇ、汚いなりをしてるけど、よくよく見れば上玉じゃねぇか?」
(どれどれ?)と数人の男が集まってサマリを取り囲む。
男達は、金の腕輪と胸元のネックレスに目を止めて、それに手を伸ばそうとした。
「イヤッ!!」
バシッ!と咄嗟にその手を払い除けると、ならず者達は怒り立つ。
「黙ってそれを渡せってんだよ!」
正直、もし武器を取ることになっても負ける気はしなかった。ただ、今迄実戦というものをした事が無く、ナージフ以外を相手にどう動いたら良いのかわからなかったのだ。
(逃げられるかな)
迷い込んだ狭い路地裏で、男3人にがっちり取り囲まれ、身動きが取れない。あまり大事にして街に居づらくなっても困る。
それをならず者たちは、怯えていると勘違いしたらしい。
再び手が伸びて来て、いよいよかと腰の短剣の束を握りしめた時、止めに入る声がしてみんなの動きが止まった。
「お前ら、女の子相手に何やってる!やめろよ!」
頭と腰に鮮やかなオレンジ色の布を巻き、濃い青の上着を着た背の高い青年が、こちらに走ってくるのが見えた。
しかし、ならず者達は面倒臭そうな顔をしただけで、サマリを見逃してくれそうにない。
「サーリー、邪魔すんじゃねぇよ!お前は大人しく安物の絨毯でも売ってろ!」
彼らは既知の間柄のようだ。嘲笑が路地裏に響き、サマリは意を決した。
サーリーと呼ばれた青年は、ならず者達に怯む事なくこちらへ走ってくる。
その方向を彼らが見て身構えたので、サマリの方には隙が生まれた。
続く