『太陽神の顔』などと言うから、てっきり神殿へ行くのかと思っていたら、サーリーが連れて来てくれた場所は街の奥まった所にある階段だった。
「ここ、穴場」
サーリーは一言そういうと、東の空を眺めた。
雲が多く、太陽はあまり期待できなかったが、それよりもサマリは初めてまともに見る『海』に胸を躍らせていた。
オアシスの大きなものだろうくらいに思っていた実際に見る海は、サマリの想像を超えていた。
水平線の彼方まで続く海。岩に寄せる波の音。鼻を掠める潮の匂い。
「これが、うみ。海・・・かぁ」
2人はしばらく何も喋らずに、日の出を待っていた。
太陽が顔を出すと、遠くの方から人々の歓声が聞こえてきた。
太陽神を讃える声だ。
「いい場所だろ?ここ、俺んちの倉庫へ続く道」
サーリーは笑って階段の上を指差す。突き当たりに古びた扉があるのがわかる。
「絨毯を扱っているのよね?」
サマリは、昨日家の入り口に沢山並べられた絨毯を思い浮かべた。
「そうだよ。でも、俺は、本当は跡を継ぎたくないんだ」
サーリーはポツリとそう言った。
サマリはサーリーの横顔を黙って見上げた。
親の跡を継がないという選択肢のない世界で、それは辛い感情だろうと、サマリは想像した。
「絨毯、嫌いなの?」
どう言葉を紡いだら良いか分からず、拙い疑問が口に出た。親もおらず、将来の見えない孤児の自分には贅沢な悩みにさえ思えた。
「俺、食堂をやりたいんだ。あはは、俺、なんで昨日会ったばかりの子にこんな事言ってんだ?」
サーリーは心に溜めた言葉を吐き出して少しスッキリしたのか、諦めにも似た表情で、少しずつ昇ってくる太陽を見つめた。
サマリも、同じように水平線の彼方を見つめながらにっこりと微笑む。
「あんなに美味しい料理が作れるんだもの。そう思うわよね!!」
🌹
その時、ピピピッと聞き慣れた小鳥の囀りがサマリの耳に入ってきた。
「ソル?ソルだわ!」
サマリは狭い階段をキョロキョロして、ソルの姿を探した。
「ソルって?」
怪訝な声でサーリーが訊ねる。
「私といつも一緒の黄色いインコなの!」
一瞬、サマリの脳裏に、アルビノの巨大な鳥の姿が浮かんだ。
気を失って、あれからの記憶はとだえ、気が付いたらこの街の外壁にいたサマリ。
今冷静になれば、気を失うなど、ソルに悪い事をした、と反省しきりだ。どんな姿だろうとも、ソルはサマリの大事な家族だ。
階段上から弧を描くように、黄色い小鳥がサマリ目掛けて飛んでくるのを、サーリーはハッキリと見た。
「サマリちゃん!ピピピ!私のサマリちゃん!置いて行ってごめんなさいね!ピピッ!アタチ、お腹空いてご飯食べて来たのっ!ピピピ!」
ソルは小さな身体で体当たりするようにサマリの胸元に飛び込んだ。
サマリはソルの身体を両手で包むと、そっと頬擦りする。
「良かった、見つけてくれてありがとう」
サーリーは傍らで一人と一羽のやり取りを見ていた。それはまるで、会話をしているように見えた。
「まるで鳥の言葉がわかるみたいだな」
素朴な感想は核心をついていて、サマリはドキリとする。鳥と会話が出来るなどと、信じてもらえるとは思えず、言葉をにごす。
「そ、そうなの。小さい時からずっと一緒だったから、何となく言ってる事がわかるのよ」
サマリの気遣いなど全くわからないソルは、いつものように捲し立てた。
「アタチ、お腹いっぱいでとっても満足!ピピ!駱駝って、本当に美味しかったわ!サマリちゃん、ありがとう、ピピピ!」
礼を言われてサマリはギョッとした。
「えー!?食べたの!?駱駝を?」
「え?駱駝がどうしたって?」
思わず声に出してしまって、取り繕うのに必死になる。
「あ、いや、サーリー、えっと、なんか変な事言ったかな。ハハハ」
ソルは涼しい顔でサマリの肩の上で毛繕いをしている。
「ピピッ、美味しかったー。サマリちゃんは優しい良い子ねー。ピーピピ」
サーリーは深く追求する事は無かったが、珍しいものでも見るようにサマリの百面相を眺めた。
昨日は、絡まれている小さな少女を助けるつもりで駆けつけた。本当は、夕飯を食べさせたら、すぐにサヨナラをするつもりだった。
ところが、文字も読めるし、数字も扱う。食堂の女主人に気に入られ、雇われたのは当然の成り行きだ。多少なまっているが客との会話もそつがない大人だった。
今、仕事を終えたサマリはコロコロと表情が変わり、紫色の瞳が輝き、サーリーは見ていて飽きない。
何より、自分の料理を本当に美味しそうに食べてくれた事が、一番嬉しかった。
だから、思わずこの場所に連れてきた。
サーリーの特等席であるこの場所に。
続く