『ピー!ピピッ!』
ソルは長老を威嚇するように鳴いた後は、パタパタと部屋の隅の一番高い棚の上に陣取った。
長老を相手にする気はないらしい。
長老は数秒ほど固まっていたが、すぐに気を取り直してサマリにパピルスを渡してくれた。
その名の通り、パピルスという植物から採れた繊維を絡めて作ったその薄いものは、当時、この世界最高峰の技術の結晶だった。
恐る恐る手に取って、表面を撫でてみる。軽くて、薄く、ザラザラした感触。葉っぱみたいなのにずっと枯れもせず、この状態を保っている事が不思議だった。
長老はそれともう一つ、指くらいの黒い棒をサマリに渡してくれた。
「これは東の国から伝わった炭というもので出来ているそうだよ。これで、遺跡の文字を書き写せる」
そう言って、パピルスの端っこにカリカリと印を付けて見せてくれた。
「長老、ありがとう。大事に使うわ。ちゃんと調べて、すぐ戻らからね」
パピルスは全部で二枚。
サマリはそれらを丁寧に受け取ると、これもたたんで腰の袋に入れた。
「鳥の子や、気をつけて・・・」
ソルは、その言葉に反応してサマリの所まで降りて来ると、早くこの家を出ようとばかりにサマリの服の裾を引っ張った。
見送る長老は、サマリとソルの後ろ姿を見送ると、その無事を天に祈った。
サマリは、遺跡まで戻って来た。
遺跡の探検はサマリの日課のようなものだったが、それはあくまで地上の話。地下がある事には今迄気が付かなかった。
かって知ったる、と言いたい所だが今日はソルの先導に付いていく。
遺跡の神殿の礼拝堂が中央にあり、崩れた石像がこちらを見ている。
そっと会釈して目の前を通り過ぎ、墓所らしきところまで来た。
『サマリちゃん、ここ開けてごらんなさい、ピピッ!』
それは、壁に立てかけられた棺桶だった。
「え、だって・・」
中から気持ち悪いものが出て来る予感しかない。サマリはソルに促され、恐る恐る蓋に手をかけた。
ギギギ・・ギギ・・
棺桶の足元に溜まった砂が蓋を開けにくくしていただけで、その扉は簡単に開いた。
「うわ・・・」
見た目が棺桶なだけで、それは地下への入り口だった。棺桶の底はなく、奥へと続く階段が見えた。
『サマリちゃん、行くわよ、行くわよ、ピピッ!今日はお月様の特別な日!ピーピピッ!』
慎重に棺桶の奥を覗き込むサマリ。その頭上を、ソルは迷い無く越えて、階段が続く通路を軽やかに飛んで行く。
「ソル、待って!」
慌ててサマリは地下神殿へ足を踏み入れた。
心配していた程空気は澱んでいなかった。
静寂の中、サマリの足音と、ソルの羽ばたきだけが聞こえた。
そこは不思議な光景だった。
壁の至る所に古代文字が刻まれて、青い光を放っていた。
天井がうっすらと光って、ぼんやりとしているものの松明は必要無かった。中はそんなに広くない。階段の中頃から全体を見渡せるほど。
ソルは迷いのない様子で、リヤハの言っていた『鏡の間の奥から3番目』と思われる壁の前にサマリを招いた。
『ここよ、ここよ、サマリちゃん。ピピ!何番目だかは知らないけれど、ピピピー!以前リヤハ様が悩んでいたのはこの場所よ!』
なんの危険も無く簡単に目的地に辿り着いたのは良かったが、サマリは途方に暮れていた。
(文字が・・情報量が多すぎる)
上から下までびっしりとある文字の中から、イフリーテへの譜を探すのは至難の業なのではないだろうかと、不安が募る。
毎日地下神殿に忍び込み、読み続ける事になるのだろうか?そんな悠長な事をしていて良いのだろうか?
書き写す為のパピルスは二枚しかなく、サマリの古代文字の知識もスラスラと読める程ではない。
焦りに襲われて、サマリは天を仰いだ。
「ソル、イフリーテへ捧げる譜って、なんだろうね?月が導いてくれるって、風の精霊は言っていたよ?」
すると、ソルは少し離れた場所に飛んでいき、その場所で空中を上下した。
地上から、光が差し込んでいる。神殿に穴が開いた場所など無かった気がするが、思い付いたのが神殿の中央に安置された石像。そこに外から差し込む月の光が、鏡の間に集約されて、強い一筋の線となっていた。
『もう少しで月が天頂にくるの。ピピ!その光の指す場所が、リヤハ様のお気に入り!ピピ!』
光が、だんだん細く長く伸びてきていた。
サマリは、光の先を予測して読み始めようとしたが、石板に書かれてある古代文字は、全く習ったことの無い形をしていた。
(ウソ!?どうしよう!読めない!長老なら読めるのかしら!?これ全部書き写すの?)
あれこれ悩んでいる間にも時は過ぎ、光の線がサマリの前の石板まで伸びてきた。
(あ・・・)
続く