「無事で良かった・・・」
心底ホッとしたように呟くと、長老はサマリの髪を撫でた。
(いつまで経っても子供扱いなんだから)
そう思いつつ、嬉しくてされるがままになっているサマリ。
長老は、サマリが何処にも怪我のない事を確認すると、ようやくここに来た目的を思い出した。
「昨夜、村に大きな地震があってな。うちの集会場の一部が壊れたのだよ。だから、鳥の子も一人で遺跡にいるだろうから心配で、こうして来たわけだ」
他にも、村人の家が数軒傾いた事、怪我人はいない事、今は落ち着いている事などを話してくれた。
本当は長老としてやるべき事があったはずなのに、サマリの安否を優先して一人来てくれたと思うと、嬉しくて涙が滲んでくる。
けれど、そんな悠長な事を考えている場合ではなかった。
今迄の話にオアシスの話は一つも出てこないところを見ると、まだ少し時間的余裕があるのかもしれない。
サマリは、座るのに丁度良い岩場を指差して、長老を座らせると、自分も隣にちょんと座った。
「長老、実は大事な話があるの。ちょっと長くなるけどいいかな」
昨夜帰宅すると風の精霊が現れた事。
サマリの育てている草を枯らすために水源を塞いだ事。
昨日の地震はそのせいだった事。
神殿を祀らない事を怒っていた事。
サマリが、神殿の地下に赴き、古代文字で書かれた譜を読みとく事。
それが終わったら村を出て、イフリーテに会いに行く事。
そうしないと、オアシスは枯れ、村は滅びへ向かう事・・・。
長老は息を呑んで真剣な面持ちで最後まで話を聞いてくれた。
他の村人なら、俄には信じがたい事も幾つか含まれていたかもしれない。けれど、信心深い長老は、サマリの言う事をすぐに信じてくれた。
その上で、眉根を寄せて反対の意を唱えた。
「そ、そんな危ない所に、鳥の子を一人やるわけにはいかないぞ!」
「でも、私が精霊を起こしてしまったせいなの。私が育てた草が原因みたいなの。だから、行かないと。オアシスの水が枯れるまでに、なんとしてでも」
不思議と、遺跡の地下や砂漠を越えた街に行く事を怖いとは思わなかった。
一晩寝ただけで、サマリはそれが自分のやるべき事と納得していたし、逆にワクワクしていた。
「そんなもの、鳥の子のせいでは無い!私が、お前を見つけた時に、何としてもでも家に引き取って育てていればこんな事には・・・。」
彼は、村の長老として、オアシスの水源を元に戻す手段があるのなら、それを講じなければならない立場にあった。
村の責任者として、いつも自分は個人の感情を切り捨てて、それと共に大事なものを失っているのではないだろうか。
長老は苦い思いを噛み締める。
「あの時」も、自分は村長として行動した。今回もだ。
大勢の命のかかった水源だ。それを守る為に、自分は今、大事な我が子のように可愛がっているサマリを危険と知りながら送り出そうとしている。
「長老、私にしか出来ない事なんですって。風の精霊が言っていたわ。だから、心配しないで行かせて。」
長老は返す言葉もなく、項垂れた。
今は、この少女に一縷の望みをかけるしかない。
「お願いするしかないのだろうな・・。それなら私も全面的に鳥の子の手伝いをさせてもらうよ」
「ありがとう、長老。私にはソルがついているから大丈夫よ」
サマリは、『心の拠り所』という意味でそんな事を言ったが、長老は何処か急に納得したようだった。
「そうだ、譜を訳すのに間違えてはならないから、書き写して来るのがいいかもしれんな。急ぐと忘れたりするから」
「そう出来たら嬉しいけど、今迄みたいに暗記するしかないでしょ?木片なんて重くて持っていけないわ!」
確かに、その通りである。
長老は少し考え込むと、急に顔を上げてにっこりと笑った。
「鳥の子よ!私の宝物の出番じゃ!」
「え?宝物?」
「私が若い頃マッカに学びに行った時に、神官様から頂いたパピルスを、鳥の子にやろう!」
宝物を手放すというのに、何処かワクワクした様子の長老は、張り切って立ち上がった。