今にも飛び立とうとしていたリヤハは、初めて興味を持ってサマリを見つめた。
金の髪は白く透けるような肌を縁取り、紫色の瞳はこちらを真っ直ぐに睨んでいる。
歯を食いしばり、己の恐怖心と戦いながらなお、立ち向かってくる勇気は嫌いではなかった。
『娘よ、お前どこまで気付いている?ふふん、そのお前がソルと呼ぶ鳥に言っておけ。巣を護りたければ約束を守れと』
「約束?」
リヤハはその問いには答えずに、サマリを上から下まで不躾に眺めた後、言葉を続けた。
『それに、そうだな・・。お前、種を食べたのなら、イフリーテの元へも行けるな。俺は一度イフリーテの秘宝を借りたいのだ。お前、借りて来ることが出来たら、その時は水源の事、もう一度考えてやっても良い』
それは、ほんの気まぐれの台詞だった。けれども、【精霊の言葉は言霊であり、嘘を赦さない】と、サマリは長老からそう教わったことがある。
信じられるし、賭ける価値のある言葉だと、サマリは瞬時に理解した。
「イフリーテの秘宝とは何でしょうか。私は何処へ行けば良い?」
『ほほう、話が早くて助かるな。いいか、良く聞け』
リヤハは、未だに座り込んで立てないサマリの元へ近づくと、ヒントのような言葉を幾つかくれた。
「・・マッカの街の神殿の地下に、炎の精霊の住む居城へ行く扉があるのね?」
『そうだ。イフリーテに気に入られれば、頼むことも出来よう。気まぐれで、光るものに目がない女だ』
「・・あなたが直接頼めば早いのではなくって?」
『・・俺は譜を読めなかったのさ。歌を歌えなかった』
歌を歌えないというのが何を意味するのか、サマリには良くわからなかったけれど、上位精霊も万能ではないのだな、と気がついてしまった。
サマリは呆れて、風の精霊を見上げた。
その視線の意味に気がついたのか、リヤハは少し居住まいを正した。
『まずはここの神殿の地下に赴き、イフリーテへ捧げる譜を覚えよ。鏡の間の奥から3番目。月が導いてくれよう。そのあとの詳しい事は全て、ソルが知っている』
「え、ソルが?」
『命の源、力の源、命の環、力の環』
リヤハは、呪文のようにそう唱えると、自らの手のひらをサマリの頭上にそっとかざした。
ふわりと身体が何か優しいものに包まれるような感覚がしたが、特に見た目の変化はない。
サマリはようやく立ちあがり、リヤハに向き直った。
『お前は元々風の精霊の加護を持っている。その力を使う術は知らぬようだが、少なくとも私以外の風の精霊からの攻撃は受けぬようにしておいた』
「はい」
『風だけだからな。イフリーテに嫌われたら、燃やし尽くされて後には何も残らぬよ。覚悟して行くが良い』
自分で断われない用事を言い付けておいてその言い草はないんじゃないかと思ったが、仕方ない。
サマリは、とにもかくにも、覚悟を決めた。
『娘よ、期待しているぞ』
「私はサマリよ」
『ふむ。サマリ、ソルをせいぜいこき使ってやれ。今迄、ずっと怠けていたのだからな』
リヤハはニヤリと笑ってそう言うと、スッと浮かび上がった。それと同時に姿はサマリの目には見えなくなり、再びあの突風が沸き起こり、踏んばりきれなくなったサマリはまた尻餅をついた。
サマリとソルの大切な隠れ家は、先程の地震と今の突風で見るも無惨に岩と砂だらけになった。湧水のお陰で咲いていた白い小さな花々も花弁を散らし、貯めておいた湧水の入った樽は、中身が溢れて半分になっていた。
(疲れた・・・)
金の髪の間から、砂と花弁が落ちてくる。
サマリはブンブンと頭を振って、顔の砂を両手で払った。
そのまま、その両の掌をじっと見つめたけれど、自分は何も変わっていないように思う。
今日はいろんな事があり過ぎた。
情報の多さに頭がパンクしそうだ。
「んもー!明日!明日から頑張る!」
誰もいないこの場所で、サマリは一人大声をあげた。
尻餅をついたその場でバタンと後ろに倒れると、砂だらけの姿のまま、深い眠りについたのだった。
🌹
第二章終了です。
冒険の旅へ!と言ってもまだ村から出られなそうです・・。