16.石版

『サマリが長老の元を訪ねると、村の運営が半分止まる』と言うのが、ここ数年の一部の大人達の見解だ。

しかし、名目上引退した彼を繋ぎ止めるのも酷だろうという者もいる。

隙あらばサマリを呼び寄せ、遺跡の話をしようとする長老を毎日宥めすかすのも可哀想で、大人達は、やれやれと肩をすくめながら、見逃してやるのだ。

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長老は、小さい頃に自宅の裏に打ち捨てられた遺跡の石の中に、古代文字が刻まれているのを発見した。それは建築材料として数代前の長老の手によって多く運び込まれ、使用されなかった残りだ。

彼はその魅力に取り憑かれた。

必死に古代文字を研究し、ライフワークとなった。

息子夫婦に、早々に村長の地位と仕事を明け渡したのもそんな理由。

早く研究がしたかったのだ。

学者とかいうものになりたかった。

若い頃一度だけ訪れた、砂漠の向こうの街の大きな神殿で、神官が勉学に勤しんでいるのに憧れた。

 

長男だった彼はすぐにオアシスに戻り、小さな村の長として日々の事に追われたが、古代文字や歴史を紐解く夢は捨てきれないまま、数十年が過ぎたのだ。

 

家の裏から見つけた石板は、大体発掘し尽くしてしまった。

今、目の前にいる少女は、自分達が入れない遺跡に住み、そこにある遺跡の情報を教えてくれる。

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サマリの住む遺跡は、実はオアシスの村が信仰する神々の中でも、風の精霊を祀っていると言われていた。

しかし、数百年の時を経て、精霊達は徐々にその姿を消していった。

神や精霊の存在を感じる事の出来るシャーマンも、誕生が少なくなっていった。

 

いつだかわからないが、地殻変動があって遺跡の入り口が倒壊してから、この村の信仰も薄れていった。

まだ記憶に新しい十数年前、ロック鳥の存在も確認されているというのに。

 

神も、精霊も、怪物も存在すると、長老は信じて疑わなかった。

何故なら、実際に彼はそういうモノに遭遇したからだ。

夢ではない。

そんな強い思いに囚われる時、いつも彼は、自分の手のひらを眺める。

長老は、石板に書かれた古い記録を読み解きたかった。それにはサマリの助けが必要だ。

必ず何か、村に有益になる大事な事が書かれているに違いない。

 

サマリが成長し、物事を理解する知識が増え、最近ようやく順調に解読が進んできていた。

出来る事なら自分自身が遺跡に乗り込みたいところだが・・・。

今は事情がありサマリの記憶力に頼るしかない。

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『月が愛する子供は・・・西から昇る太陽に手を差し出し・・・』

小鳥の囀りにも似た可愛らしい声で、サマリは覚えて来た遺跡の文を、思いだしながら長老に話して聞かせる。

瞳が宙を眺めて、小首を傾げながら話す様子は、まだまだ幼い。

長老は、それを自分なりの解釈で読み解きながら、乾かした木版に記していく。そんな作業を2人は飽きもせずにずっと繰り返している。

 

「ちょっと待て。太陽は、東から昇るものじゃろ?」

「西って書いてあったもん!そりゃぁ私も変だとは思ったけど」

サマリはそう言いながら、長老の前で『西』と指で机に大きく書いてみせた。

「ふむ・・・」

長老は半分納得出来ないながらも、うなずくしかなかった。無意識に自慢の顎髭を撫でながら、何も無い机を見つめた。

サマリの書く字は確かに合っていた。

 

          続く