遺跡の話が始まると、この二人は時を忘れてしまうようだ。
ラウダは苦笑いして離れの自宅へ戻る事にした。
今日はあの黄色いインコがいないから、きっとウチに泊まって行くのだろう、とラウダは推測した。母に、サマリの分の夕飯と寝床を用意してもらわなければいけない。
そして、部屋に入ってきた時の勢いはどこへやら、静かに音を立てないようにそっと部屋を後にした。
小さな頃、ラウダはサマリと一緒に、祖父から字を習い始めた。
サマリは頭が良く、すぐに文字を読んだり書いたりするようになっていったけれど、自分は苦手で、興味を持てず、すぐに飽きてしまった。
文字や数学なんかより、綺麗な服を着て、歳の近い友達と遊んでいる方が余程楽しかった。
もちろん、今になってもっときちんと習っておけば良かったと後悔しない訳ではない。
この時間は優しい尊敬する祖父を、サマリに取られてしまったかのような気分になる。
ほんのちょっぴりだけ。
いつもそこまで思っては「んー、でもやっぱりお勉強なんてつまんない!」と、心の中で舌を出す大らかなラウダである。
すぐ隣の自宅へ戻ると、村長である父の姿はなく、夕飯仕込み中の母がすりこぎと格闘していた。
ひよこ豆をすり潰し、水でまとめて薄く焼く。
村の定番の主食だ。この家は人数も多いので、作る量も多く大変だ。
たまにラウダも手伝いをさせられるが、結構労力のいる作業だ。
豆はスープにもなるし、毎日の食事に欠かせない。
隣にバナナの葉で包んだトカゲの燻製が無造作に置かれている。
トカゲを捕まえて来るのは、いつも村の子供達の仕事であり、良いお小遣い稼ぎだ。村から少し離れた岩陰に、沢山住んでいる。
子供達は、どのトカゲが美味しくて、どのトカゲには毒があるのかを仲間内で学んで大きくなる。
ちらっと窓から覗くと、すぐ外の焚き火の前で、2番目の兄が何かの肉を捌いている。今日の収穫だろうか。
肉を確保するのは、もちろん成人男性の仕事。
過酷な砂漠に駆り出して、数日かけて狩りをする。
「お母さん、今サマリちゃんがお爺ちゃんのとこに来てる。今日は泊めてあげて?」
そう声をかけると、ラウダの母はようやくすりこぎの手を止めてこちらへ振り向いた。
黒目がちの瞳に、皺ひとつない美しい人で、力仕事など似合わなそうな女性だった。
若い頃は村一番の美人で、父が言うには結婚してもらうのにライバルが沢山いて大変だったとか。
彼女はラウダを見ると、大体の状況を察したらしく、作業を止めてすりこぎを置くと、粉のついた手で手招きした。
「おいで、ラウダ」
ラウダの母は、彼女を自分の隣に座らせ微笑んだ。特に何かを語ったりはしない。
それなのに。側にいれば安心し、自分がどれだけ愛されているのかがよくわかる。
大好きなお母さん。
「この豆を挽き終わったら、寝床を用意しましょうね。ラウダも手伝ってちょうだいよ?」
「ええ、わかったわ」
母の前では、いつもの御転婆は息を潜め、言葉使いも丁寧になる。
ラウダも美しい母の横顔を見上げて微笑み返す。なんとなく沈んでいた気持ちが晴れやかになる。
サマリが決して手に入れる事の出来ないものが、そこにはあった。
続く
🌹日が変わって、最高の幕開けで迎えた本日。
あまり書けないけど、嬉しくて眠れなかった💖