用事を済ませたサマリは、どうしても送っていくと言うサーリーと共にギルドの隣の宿屋前までやってきた。此処にはナージフがその日の宿をとっている。下の食堂でこの後の行程について話し合う為、ナージフとイブンと落ち合う約束になっていた。
「ありがとう、サーリー。貴方には本当にお世話になったわ」
サーリーは少し怒ったような表情で、サマリに尋ねた。
「その・・、いつこの街をたつんだ?荷物を積み込む3日後?」
サマリはその問いに、かぶりを振った。
「もう、こ・・」
もう、今晩にも出発すると言いかけたところ、バタン!と宿屋の扉が開いて、イブンが顔を出した。
「おう、サマリちゃん!声がしたと思ったんだよ」
イブンはにこやかにサマリに笑いかけたが、やはりサマリはイブンが少し苦手だ。
「久しぶり、イブン。依頼を受けてくれてありがとう」
そう言いながら、サマリはサーリーの服の端を無意識に掴んだ。
この街にサマリの知り合いがいた事を不思議に思いながら、サーリーはサマリを守るように引き寄せていた。
目ざとくその動作を見咎めたイブンは眉根を寄せて「誰?」と尋ねた。サマリがサーリーの事を「食材を手配してくれた食堂の人だ」と説明すると、勝ち誇ったようにサマリに宿屋の中へ入るように促した。
「さよなら、サーリー。元気でね。お父さんにも挨拶したかったけど・・・」
向き直ったサマリは、引き寄せてくれたサーリーの腕に手を添え、別れを告げる。
「うん。元気で」
サーリーの返事はそれだけだった。
「あとの食材の手配、お願いね?それと」
何をつまらない事を言っているんだろう、とサマリは自分に苛立つ。早く宿へ入るようにと急かすイブンの声がかかる。サマリは大きな紫の瞳にサーリーの姿を刻み込むと、そっと添えた手でサーリーを押しやり、身を翻して宿の中へ入っていった。
バタンと無情な音を立てて閉まったその扉を、少しの間眺めていたサーリーだったが、やがて諦めたようにそのまま帰途へつく。
孤児という割には教養があり、神殿を目指して何かをしようとしていた不思議な少女。その身に纏う空気が、他の誰とも違った。たぶん自分よりずっと強いのに、不意に見せる危うさと儚さは、守ってやりたくなる。
けれどサーリーは自分に言い聞かせた。もう二度と会う事もない。突然街の外から来た少女が、また出て行く、それだけの事なのだと。
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宿屋での三人の打ち合わせも、終わりに差し掛かる。
「オアシスの村まで、急いでね。待ってるから」
と、サマリは二人にそう告げた。
「待ってるって、どういう意味だよ、俺達と一緒に行くんじゃないのか?」
ナージフは驚いて腰を浮かせた。
「私、ソルと今晩この街をたつわ。先に行きます」
決心は固く、表情は揺るぎない。今回、一連のサマリの行動の理由を、二人は詳しく知らない。
「サマリちゃん、砂漠はマモノが出て危ないところなんだぞ!しかも夜に出発だなんてモノを知らないもいいところだ」
イブンも思わず声を荒げた。
「お願い。今は黙って私を信じて。雇い主の私の言う通りにして欲しい。私は平気」
サマリの成長をずっと見守ってきたナージフは、サマリなら、大丈夫だろうと思えた。身を守る術も底なしの体力も自分が一番よくわかっている。今は、この娘の言う通り、無事に馬車と食材をオアシスの村に運ぶ事が自分達の仕事だ。
尚も言い募ろうとするイブンの胸の前に手をかざしナージフは黙って首をふった。
サマリを、信頼している。ナージフは、この子は何か成し遂げる子だと、常々思っていた。たぶん今、自分はその手助けが出来るのだ。
「ナージル、村で待ってる」
そう言うと、サマリは席を立ち、薄暗くなった街に出ていった。
続く