66.イフリーテの戯れ

 


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『サマリが村に帰ってきた。そして、何かをするらしい。出られるものはみんな村の門を出て砂漠の南側の地平線を見るんだ』

その話はあっという間に村中に広がって、大勢が仕事の手を休めて集まり始めていた。

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サマリは、長老の家から少しの薪と火種を貰ってくると、門から少し出た見晴らしの良い場所に焚き火の準備を始めた。

長老一家は総出で村人に話をふれ回り、人を集めた。

焚き火をするのを手伝ってくれようとする数人の村人を丁重に断って、サマリはサーリーと二人で火を起こし始めた。

「こんな言い回しなんて本当は要らないと思うんだけど、月の姫のマネでもしてみるわね?」

サマリは、悪戯っぽく笑ってサーリーに耳打ちをした。数歩離れた背後には、数十人の村人たちがあつまって、何が起こるのかザワザワしながらこちらを見ていた。

小さく積んだ薪に種火をくべ、少し空気を送ってやると火はすぐに炎を上げ始めた。それを見届けたサーリーは、一歩下がった。

サマリは腰の袋からそっと魔石を取り出すと、左手に握りしめる。大きく深呼吸をして、サマリは村人達に向かって声を張り上げた。

「風の精霊リヤハ様と、炎の精霊イフリーテ様のお告げが私に下った。これより10日の後、太陽が闇に覆われし時、お二人がこの村にいらっしゃり、新しい神殿とオアシスへの祝福をくださる!しかし!」

サマリの澄んだ声は、砂漠の空に響き渡る。普段大人しく隠れるように住んでいた娘が、急にこんな事を言い出して、村人は驚きと共に畏怖も感じた。

「その日、お二人の姿を見ること叶わぬ!村人は全て、太陽が闇より帰るまで、村の外へ出なければならぬ!この私の忠告を守らぬ者が居た場合、オアシスは枯れ、村は滅びるであろう」

村人達に動揺が走る。

チラリとすぐ脇の焚き火を見ると、薪に良い感じに火がうつってチリチリと良い音を立て炎が上がってきていた。

「お告げの証拠である空を見よ!」

サマリが急に南の空を指差し、村人が全員そちらに気をとられた際をねらって、左手に握りしめていた魔石を焚き火に放り投げた。

ジジジッ!

魔石は焚き火の中でオレンジ色の炎に包まれたが、自らは濃い赤の色を発して燃え始めた。

サマリにとってもそれは賭けで、何が起こるのかわからなかった。イフリーテからは詳しい話は何も知らされていなかったからだ。

村人達はザワザワと地平線を眺めていたが、しばらくして目の良い者が一人気づき、二人気づき、やがてそれはその場にいた全員にため息と歓声をもたらした。

「サマリ、振り返ってみなよ!」

村人の様子ばかり気になっていたサマリは、隣にいてくれたサーリーに肩を抱かれ、くるりと反対方向を向かされた。

いつも目の前に広がる岩砂漠の景色は綺麗に消え、地平線の向こうに広大な海と不思議な建物の影が、陽炎の様に揺れていた。高い高い幾つもの尖塔はどこかいびつで、この世のものとは思えなかった。大きくアーチを描いた橋は異世界への入り口か。

外に出てこなかった数名を呼び寄せに走る者、海とかいうものを見たのは初めてだと泣いて喜ぶ者もいた。

その光景は村人全ての心を掴み、純朴な彼らに『精霊は実在する』と信じさせるには充分だった。サマリは胸を撫で下ろし、イフリーテへ感謝の念を送った。

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目の前の景色は何処まで続くのか、あの先の建物は何なのか、好奇心旺盛な若者数名が駆け出していく。しかし、しばらく走るとその幻影はきえて、いつもの見慣れた殺風景な景色が広がり始める。仕方なく、首を傾げながら今来た所から村に戻って振り向くと、再び海が見え、また首を傾げる。

それは当然と言えば当然で、幻影の効果は焚き火の周りだけなのだ。

長老も、村人達も、しばらくその景色に驚き、落ち着いたころに今度はサマリを見始めた。この不思議な力を使う娘は、本当に今まで自分達が付き合ってきた孤児の子なのだろうか?と。

サマリは、二人並び立つ村長とアンワルに向かって一歩進むと、

「私を信じて、協力していただけますか?村に犠牲を出さない為、オアシスを守る為に」

と、静かに告げた。村長は驚きを隠せぬままにうなづき、アンワルもサマリに微笑みかけた。長老がサマリの側に来て手を取り、感謝の言葉を述べると、村人達は口々にサマリの事を「精霊の御使い様」と言い始めた。

「御礼はまだ早いです、長老。上手く行くのか、日蝕の日まで私もわからないのです」

村人に取り囲まれるサマリを横目に、サーリーは一人焚き火に目をやった。小さな焚き火だった為、薪は殆ど炭になり、次第に白い灰となって崩れていった。中央の黒くなった木炭の下に、赤い光を失いつつある魔石が見えた。光は段々と鈍くなり、火が消えると同時にすぐにただの石ころのようになった。サーリーは足で砂をかけて焚き火の跡を消す。

ふと空の向こうを眺めると、青い海と建物の景色は静かに薄れて消えてゆき、代わりに照りつける太陽と赤茶けた岩砂漠が何事も無かったかのように目の前に広がっていった。

         続く


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