73.最後の一束


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翌朝。サマリは今日も村長の家に行く事をソルに告げたが、ソルは相変わらず、長老一家の家には近寄りたがらない。

『ピピッ!あたちはちょっとご飯食べてくるわ!ピーッ!』

そう言ってそそくさと黄色いインコの姿で何処かに飛び立って行った。

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サマリはまだ白んだばかりの空の向こうへ消えて行くソルを笑って見送る。

慣れた足取りで崖を伝い降り、神殿の崩れた入口まで辿り着くと、そこにはサーリーが待っていた。

「サマリ!ふぅ、すれ違わないかとヒヤヒヤしたよ」

サーリーは小走りに駆け寄るとサマリの隣に立った。

「良く此処がわかったわね?」

顔を見上げると、サーリーは少し得意げに

「下町育ちだからな。楽勝だよ」と答えた。

サーリーは少し周りをうかがうように見渡して、小声で話を始めた。

「昨日、長老さん達の家族から色々話を聞いたんだ。俺にも何か出来ることはないかと思ってね。」

サマリはその気持ちが嬉しくて、首が曲がる程サーリーの横顔を見上げた。

銀髪に薄い緑の瞳の青年は、現在この村にいる数人の重病人と怪我人について、とある提案をした。

「サマリ、あの時の乾燥した草、今どのくらい持ってる?」

歩きながらの話だった為、サマリは立ち止まって腰の皮袋に手を伸ばした。その中からまた小さな袋を取り出し、そっと中を見ると、乾燥し過ぎて今にもポロポロに崩れそうな葉が一束。

「これで全部よ?」

サーリーはサマリの手元を覗き込み、少し眉根を寄せた。

「多分、俺の予想が合っていたら、それはすごい薬草なんだ。違うかい?」

確かにこれは、命の草だ。サマリは、薬草という認識をした事も、その価値を考えた事もなかったけれど、サーリーに言われてそれにハッと気がつく。

「私、ずっとこれだけを食べて生活してきたの。普通の人は違うって、少し前まで知らなかったわ」

ソルは、サマリの子育て中に、この葉と果物以外をサマリに与えなかった。火の入ったモノを食べるのは、長老の家で世話になっていた昼間と、大きくなって宿屋の手伝いをした帰りに店のおばさんがご馳走してくれる時だけだった。

「大事な最後の一束か。そのうちの数枚を、俺にくれないか?上手く行けば、あの人達が自力で馬車に乗れる程度にはできると思うんだ」

サマリは、懸念していた病人の移動が叶うなら、と大喜びで袋を丸ごとサーリーに渡そうとした。しかし、サーリーは首を振ってその手を遮り、困ったように言うのだ。

「俺さ、もし成功したとして、その後の心配をしているんだ」

人間の欲は留まることを知らない。次も私もと、その奇跡をサマリに求めても、草はこれしかないのだ。

「もし、本当に奇跡みたいな事が起きたら、サマリがこの村に居づらくなるんじゃないかな。俺はマッカに帰れば良いだけだけどさ」

貴重な葉だ。いざという時の為に全てを使うべきではないとサマリに袋を押し戻した。

サーリーは、サマリを自分の家に泊めた時に飲んだスープの効能を話して聞かせた。たしか、二回程葉を貰って入れたはずだった。

サマリが旅立った後、父親の長年の病が嘘のように治ったこと、自分も身体が急に軽くなり疲れなくなった事を話して聞かせた。そして最後に、この事は無闇に話してはいけないと、口止めをするのを忘れなかった。

サマリは、自分が病気も怪我もした事がない理由に思い当たり、言葉も出ない。

大きく開いた口に自ら気づき、慌てて口を押さえてサーリーを見つめるだけだ。

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サーリーは、欲のない態度のサマリを改めて眺めた。戸惑うサマリの姿を愛おしいと思い、ロック鳥の背の上の事も思い出す。サーリー本人がオアシスまでやってきた理由はこれに他ならない。急に向き直ってサマリの両肩に手を伸ばすと、

「その時は、マッカに来いよ」

と一息に口にした。

サマリは少し小首を傾げて何か考えると、独り言の様に呟いた。

「そうね、私、何処でも一人で生きて行けると思うの」

高揚する顔を見られまいと冷静を装いながら、色良い返事を待っていたサーリーは、真顔のサマリを見て肩透かしを喰らってしまう。

「えっと、そう、だけど...…。うん」

今はそんな時では無かったかと、サーリーは心の中で苦笑いするしかなく、サマリの肩からそっと手を離した。再び二人は長老の家に向かって何事もなかったように歩き始める。

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サーリーの思い切った求婚は、どうやらサマリには伝わらなかったようだった。

                                    続く


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