連れ去られた乳飲み子を探す為に動き始めたのは、翌朝の事だった。後から思えば、その行動も遅すぎて、もし食べられてしまっていたり怪我をしたりしていたら、とうに間に合わない。
一緒に探すと言ってくれた息子には、生まれたばかりの赤ん坊を含む四人の子供がおり、万が一の事を考えて自分は一人で神殿へやってきた。ロック鳥の巣を探すなら何となくあそこだろう、と気になっている場所があり、自然に脚は崩れた壁の奥へと向かっていた。
(年寄りには堪えるな)と必死の思いで辿り着いた洞窟の先に、急に太陽の光差す場所があった。
そっと進んでいくと、奥から小さな子供のぐずる声がした。金の髪の赤ん坊が、土の上にちょこんと座って、黄色いインコを両腕に抱えてしくしくと泣いている。
今は見当たらない白いロック鳥を警戒して注意深く様子を伺うと、女の子に目に見える怪我は無く、インコがまるで人間のようにあやしているようにも見える。
インコは絶えず囀っていたが、急にピタッとその鳴き声が止んだ。
ギクリとした時には、自分の目の前に美しい赤い衣を纏った女性が音もなく立っていた。
『丁度良い所へ来た。お前、あの子を育てておくれではないか?』
自分は咄嗟に、それは勿論そのつもりで此処へ来たのだと返事をした。
しかし、その女性が自分にうなづいて踵を返し、赤ん坊の側に近づいて抱き上げようとすると、赤ん坊の腕の中のインコが激しく抵抗するのが見てとれた。
自分にはサッパリ解らないが、女性はインコと会話をしている。
『ピー!!!ピピピピ!!!ピギーー!!』
そして黄色いインコが自分をも睨んで威嚇するのだ。なおも女性とインコは言い争っていたが、赤ん坊がその不穏を感じ取り激しく泣き出すと、インコの方が折れた。
女性は、赤ん坊を抱き上げて自分の所に歩いてくると、
『昼の間だけ、人間として言葉を教え、育ててやりなさい』
と言って自分に赤ん坊を抱かせた。
「え、昼の間だけ?」
『日が暮れたら、迎えが来るから返しておやり。友が、この子は自分の子だと言って私の言う事を聞かないのじゃ』
女性は苦笑いして黄色いインコに一瞥を送る。インコは明らかに自分を見て威嚇した。姿は小さいのに、自分はそのインコが恐ろしかった。
「はい、はい、大事に育てます」
自分がずっしりとした腕の中の赤ん坊を見ると、赤ん坊も笑いかけた。
『友が、もしそなたが夕暮れにその子を返す約束を守るならば、この村の家畜を食べないようにすると言っておる。悪い話ではなかろう?』
自分は思わず女性とインコを見比べた。
そしてすぐにわかったのだ。あの黄色いインコは、ロック鳥の仮の姿だと。もし約束を破ってこの子を返すのを怠ったら、村は襲われてしまうのだと。
「か、必ず夜にはお返しします。はい」
その言葉を聞くと、女性は目の前でかき消えた。今自分が相手にしていたのは、少なくとも人間では無かった。約束は守らなければならない。自分は村長として村を守る義務と責任がある。
この腕の中の赤ん坊のことを思えば、夜も我々が育てた方が良いに決まっているが、村が襲われたら元も子もない。言い訳にしか聞こえないかもしれない。けれども村長としてそれだけは避けたかった。
サマリの不思議な生活は、このようにして始まった。
続く