ナージフはざっと頭の中で必要なものを洗い出し、それをサマリに説明した。
単純に幌馬車が二台と言っても、それを引く駱駝(ラクダ)は替えを含めて三匹は欲しい。駱駝を扱う者が自分の他に最低もう一人。これはイブンに言えば喜んでついてくるだろう。オアシスの村までの食糧、駱駝の餌。そして当然のことながら傭兵としての雇用料。自分は無料でやるにしても、イブンには払って貰わねばなるまい。
金貨一枚で庶民のささやかな暮らし一生分と思ったが、こんな買い物をしたのでは一枚では足りない。
二人がギルドに到着すると、いつもの受付の女性がナージフににこやかな笑顔を向け、つと視線をずらして隣のサマリを面白そうに眺めた。
サマリはその視線にすぐに気がつき、ギルドに場違いな自分を自覚してナージフの鎧の端をそっと握りしめた。
「悪いんだが、鑑定士を呼んでくれるか?出来れば奥の部屋がいい」
受付の女性は心得たように手配をして、二人を奥に通してくれた。
サマリは、あらかじめ持っている三枚全ての金貨をナージフに渡してあった。サマリはただの連れとしか思われないだろう。
「なんだ、珍しく訳ありか?」
こじんまりした部屋に通されて、挨拶もなく金貨のやり取りが始まった。鑑定士は金貨を見ても大して驚きもせずに、黙って両替の金額を提示した。ナージフはこんなに大きな数字を見た事がない。なんだか凄い事になっている、という雰囲気で恐る恐るサマリの表情を窺う。サマリは、食い入るようにその木片に書かれた数字を眺め、顔を上げた。
「おじさん、私、このお金で馬車と駱駝が欲しいの。急ぎで」
鑑定士は面白そうにサマリをみた。
ナージフとはギルドでは古い付き合いだ。これがいつもの噂の少女なのだとなんとなく気がつく。金の価値を理解しながら、その欲に溺れない紫の瞳。その中の強い光を見た気がして、久しぶりに鑑定士は心地よい気分になった。
「馬車も、駱駝(ラクダ)も、おじさんを信用してるから言い値で良いわ。病人や怪我人を少しの間だけ乗せておける良いモノが欲しい。駱駝も急ぎの旅に耐えられるのを三匹。今すぐ計算して残りの金額を私にお願い出来るかしら。食糧の調達は心当たりがあるの」
なかなか的を得たやり取りで、鑑定士は内心舌を巻いた。
「ほほぅ、豪快な買い物だな!気に入った!」ナージフも、サマリが物価を心得ていることに驚きを隠せない。
「馬車なら最近買ったばかりのやつがあるんだ。借りるのでは無く、買うんだな?今から作るんでは遅いんだろう?」
鑑定士は、立てた親指で肩越しにギルドの裏を指差す。
「ナージル、一緒に行って見てくれる?」
余程時間が惜しいのだろう、サマリは腰を浮かせてナージフの顔を覗き込んだ。
案内され通されたギルドの裏手には、何台もの様々な乗り物が置かれていた。その時の依頼に合わせて貸し出しも行っている商品だ。その奥には厩舎があり、駱駝を始め珍しい馬や牛も見てとれた。
馬車の善し悪しはわからないので、選別はナージフに任せるつもりで、サマリはキョロキョロと周りを眺めた。その肩の上で、ソルがソワソワとサマリに囀る。
『ピピ!サマリちゃん、駱駝(ラクダ)買うの?駱駝?ピピ!良いわねぇ、駱駝!』
黄色い羽根を広げたり、肩の上でグルグル回ってみたり、落ち着かない。
『駱駝は、オアシスの村に着いたら、もう要らないわよね?ピピ!サマリちゃんは駱駝飼わないでしょ?アタチ、欲しいわ、駱駝!』
サマリは、ソルの言いたい事がわかりすぎて苦笑いをするしかなかった。
「ダメよ、ソル。駱駝は使い終わったら長老に返すし、馬車は村に必要だからあげるのよ」
サマリは、帰路はナージフと一緒に、馬車に乗るつもりだったが、どうやらソルを駱駝の側にいさせてはいけない様子だ。
『ピピ!!駱駝すきよ!駱駝!ピピッ!』
ソルの本当の姿を見て、ソルが人間の言葉を理解する事を知り、改めて不思議に思うことがある。サマリはソルに紐を付けているわけではないし、本人がその気になればいくらでも家畜を食べる事が出来るのに、ソルはそれをせずにサマリの許可を待っているという事だ。
『駱駝〜!ピピピピッ!好き好き』
ソルは機嫌良く囀っている。
鑑定士は、呑気に「可愛い鳥ですな」などと話しかけてくる。
この旅は、ソルが居なければ成り立たなかった。それを思えば、余分に駱駝を手に入れようと思い始めるサマリだった。
続く