大きな紫の瞳からこぼれ落ちる程の涙が、サマリの視界を遮った。無我夢中で走ってきたけれど、追っ手も無さそうだしだいぶ神殿から離れたはずだ、とサマリは走る速度を緩めた。
「あ!」
同時に気も緩んだのかすれ違う人と肩がぶつかり、サマリはたたらを踏んで立ち止まる。
「ごめんなさい、お怪我は・・・」
自分よりも背の低い、けれどがっしりとした体躯に軽装の鎧を纏った大人の男性。
「ナ、ナージル!?」
サマリはすぐに、ぶつかった相手が自分の師匠だと気がついて驚きと喜びの声を上げた。
「え?サマリ?ど、どういう事だ?」
ナージフは、サマリのいたオアシスの村を後にして、岩砂漠をこえて、ようやく隊商と共にマッカの街へ辿り着いた。そして、休みもそこそこに、再びオアシスの村を経由する仕事を探そうと動いていたところだったのだ。
置いてきたはずの少女が、なぜ自分の目の前にいるのか、ナージフは混乱した。
「ちょうど良かったわ!私、ナージルにお願いがあるの」
今まで頭の上を飛んでいたソルが、サマリの肩の上に舞い戻ってきた。それでナージフはようやく確信する。
「やっぱりお前、本物か!?どうしてここに!」
疑問は残りつつも警戒心を解いたナージフは、自分の両手をとってぴょんぴょん飛び跳ねる少女を眺めた。
毎回別れの度に、姿が見えなくなるまで手を振ってくれるこの少女は、ナージフの砂埃にまみれた人生の中の、数少ない癒しだ。
サマリは親しいナージフに出会えてすっかり気分を良くし、笑顔を振りまいた。
「ナージル!会えてよかった!こんなに心強い事って無いわ」
2人は師弟の関係だが遠慮はなく、サマリはナージフにこっそりと耳打ちした。
「ナージルはこの街に詳しいの?」
サマリは、急にナージフの手を引いて道の端に寄った。
「もちろんさ。ここは俺の登録したギルドのある街だからな」
それを聞くと、サマリはゴソゴソと自分の腰の袋を探り、中から一枚の金貨を取り出した。
「これ、使える?」
ソルの巣から貰ってきた金貨を、そっとナージフの手のひらにおく。それをまじまじと凝視したナージフは、青ざめた顔で視線だけ周りを見渡した。このやり取りを怪しまれていないだろうか。誰も見ていないだろうか。悪いことをしているわけではないのに、ナージフは魔物と対峙する時以上にドギマギした。
ナージフも生まれてこの方見た事のない、古代金貨。純金に近いであろうその金貨は、ただの塊にしても、庶民の暮らしならそれ一枚で一生暮らせるだろうと思われた。しかし、この意匠のある金貨なら、重さで計るよりもっと価値があるはずだ。
「サマリ・・お前、これ・・まさか」
予想通りの反応に、サマリは眉根を寄せたまま努めて明るく振る舞ってみせた。
「ソルにもらったの。本当よ?」
サマリは、黙って肩の上で毛繕いをするソルの頭を人差し指で撫でた。
『ピピッ!アタチのキラキラをあげたんだから!ピピッ!』
ソルはそう囀ったが、もちろんナージフには言っている言葉は伝わらない。
兎にも角にも、ナージフはそれをギルドで換金する事に決めた。ギルドには目利きが揃っていて、ナージフがくちを聞けば信用でなんとかしてくれるだろうと思われた。
「サマリ、この金で何をするつもりなんだ?」
既にギルドへと歩き出した二人。当然ナージフは道すがらにその事を尋ねた。
「私、ナージルが村に連れてくる隊商と同じ馬車が二台欲しいの!それでね、余ったお金で、ナージルを雇うわ」
サマリは、ナージフの問いに迷う事なく言い切った。
続く