次の瞬間、目の前に現れたのは両側に炎の柱の並ぶ神殿の風景だった。
「確かに炎の神殿には間違い無さそうだけど、これ、私、平気?」
サマリは、初めて自分が無鉄砲な事をしているのではないかと恐怖に震えた。
なんだか今までとてもうまい具合に事が進んでいて、勝手な思い込みでなんでも出来ると思い上がっていた自分が恥ずかしかった。
『大丈夫よ、サマリちゃん!ピピッ!アタチ。ここ通った事あるのよ!ピーピピ』
と、ソルは言うのだが、目の前には侵入者を排除しようとする存在が待ち構える。あんな実体の無さそうなモノと対峙出来るのだろうか。
けれども、それらの霊体達は遠巻きにサマリとソルを見つめたまま、何も仕掛けては来なかった。明らかにこちらに気がついているのに、サマリの一挙一足を監視する以上の事はなかった。
(私は敵じゃありませんよ?ちょっと炎の精霊にお話があるだけですよ?)
心の中でそう呟きながら、なるべく足音を立てたり足元の石を転がさないように慎重に歩みを進める。
サマリは、少し前を軽やかに飛んでいくソルをひたすら追いかけた。足元に気を使い、背丈より上を飛ぶソルの動きを見上げ、傍から恐ろしい形相でこちらを眺める霊体を避けながら進むのは非常に疲れる作業だった。何処にこんな広い場所が隠れていたのか。今自分のいる場所は、先程の祭壇と地続きだとは思えなかった。
ソルは、飛びながらずっと歌を詠っていた。
『その炎は命の光、ピピ!!輝ける佳人リーテの瞳は!ピピッピーー』
歌詞に記憶があった。風の地下神殿で、月明かりに照らされて見たあの時の言葉だ。
(あれは歌詞だったのね)
あの時は書き留めるのに必死で、正確に覚えていない。後で荷物の中からあのパピルスを取り出して読み直そう、とサマリは思った。
『ピピッ!時を止め、時を移し、何処に誘わん。ピピ!サマリちゃん、大丈夫!サマリちゃんはアタチの可愛い子!ピピ!』
ソルは、岩の足場を確保しようと必死なサマリを励ます。
(えー、まって、ソル。そんな事は書いてなかった!んもぅ、結構いい加減なの?)
『ピピッ!佳人リーテの炎を授からん。』
神殿はいつの間にか炎の山へ繋がって、サマリは山登りをする羽目になった。体力には自信があったが、いつもより熱い空気が消耗を早める。火の粉が飛んできそうで、軽装のサマリは慎重になる。しかし、恐らく風の加護のおかげなのだろう。サマリの白い肌は、一枚薄い膜に覆われたようになっていて、何ものもサマリを傷つけなかった。
やがて、霊体達に背中を見つめられたまま、サマリは頂上の行き止まり迄辿り着く。
(此処から落ちたらひとたまりも無いだろうな)
と、サマリは一瞬ろくでもない事を考えた。
突き出た岩の下はマグマ溜まりに見える。もう、サマリが自力で移動出来る場所は無かった。
「炎の精霊様。私、サマリは、風の精霊リヤハ様の使いとして、此処に罷(まか)り越しました。どうぞ貴方様の元へ行く事をお許しください」
普段あまり動じないサマリも、この時ばかりは緊張していた。微かに、精霊の気配を感じていた。これからどうなるのかわからない不安に押し潰されそうになりながら、頼みの綱のソルをそっと仰ぎ見た。
すると、ソルがいつもの調子で囀った。
『ピーピピピピ!!リーテちゃぁん!ピピ、あたち、可愛い、可愛いサマリちゃんを連れて来たよぉ〜!ピピ!あーそーぼ!!』
そのセリフに、サマリは目を見開いて、ソルを二度見した。
「遊ぼうって?遊ぼう??って、ナニ!?」
(お友達なの?どういう事?)
サマリは、激しく立ち昇る炎の柱を前に、なんだか一気に力が抜けた。