神殿の三階バルコニーは遠くて、人々が見る神官長や御付きの者達はとても小さい。しかし、サマリは後から出てきた月の姫の様子を辛うじて見分ける事が出来た。
背の高いスラリとした女性で、栗色の巻毛が華やかだった。自分と同じ巻き髪なのに、この差は何処から来るのか、サマリにはわからなかった。ランタンの光に照らされて微笑む彼女は、まさに月から舞い降りたような美しさ。言祝ぎを紡ぎ出す唇は紅く震え、誰もがその声に魅了された。
食堂の女主人もサーリーも手を止めて厨房から出て来ていた。街の中で、手を止められる者は誰もがその時間バルコニーを見上げていた。
「綺麗だよな。一度でいいから姫を間近に見てみたいな」
と呟くサーリーの声が後ろから聞こえ、それをからかう女主人の言葉がかぶさる。
「へぇ、料理バカのサーリーも、そんな事を思ったりするのかい。食べ物以外にも興味があるようで安心したよ」
式典の最中であり、大声を出す訳にいかないので二人は後ろでゴソゴソとやり合っている。
サマリはそんな二人に口を挟む事はせず、手摺りに手をかけてじっとバルコニーを見つめていた。
気のせいだろうか。視線を感じる。あの月の姫が、チラチラとこちらを見ている気がした。サマリのいる場所とバルコニーはかなりの距離がある。そんな訳ある筈がない、とサマリは首を傾げる。
あの美しい人は、もしかしたら譜に出てきた『月の子』だろうか。それなら今後会わねばならない。
サマリは、言祝ぎを終え神殿の奥へと戻っていく月の姫の後ろ姿が見えなくなるまで、その場から動けずにいた。
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「サマリ、ちょっと休憩だ。飯、食おうぜ」
食堂で普段働いている人達が到着した為、2人は交代で休憩となった。
女主人が何かをサーリーに告げると、サーリーは嬉しそうに客席へ出て来た。手に大きな皿と鍋を持って。
「おつかれさん。もう一踏ん張りあるけど、その前に腹拵えな!俺が作ったんだ。食べてみてくれよ」
裏でそっと賄いを食べるのだと思っていたサマリは、端とはいえ客席に案内された事に驚いた。そして次々と出されるサーリーの料理に再び驚き、勧められるままに食べ始めた。
「お、おいひい・・!私、んぐっ、こんなの食べた事・・おいひいね!」
自分も隣で食べ始めていたサーリーは、呆れた顔で、しかしこの上なく嬉しそうに目を細めてサマリを見た。
サマリは、感想を言うのと食べるのに忙しい。
「このトカゲは、村にいるのよりずっと大きい!」
ナンを千切って口に運びながら、サマリは豆と野菜を煮た具沢山のスープにも手を伸ばす。
「サーリー!!」
一口飲んだサマリは、隣で串焼きを頬張るサーリーの名を大きな声で呼んだ。
「んー?」
口に肉が入ったままのサーリーは間伸びした返事をする。
「これ、サーリーが作ったスープね。おんなじ味がする!」
今飲んでいるのは、昼前にサーリーの家で飲んだ薄いスープとは違い、具も沢山入っている。けれど、サマリはあの家でのスープもきちんと手の込んだものだったと、そう言うのだ。
サーリーは照れたように笑うと、次の串焼きに手を伸ばした。
背後から女主人が声をかける。
「今日の納品の時の礼だよ。サーリーはアタシより美味いスープを作るからね。たんまり食べて、この後も、もう一踏ん張りしておくれ」
サマリは口をもぐもぐさせながら、満面の笑顔でうなづいた。
マッカの街は、太陽神を中心とした多神教を信仰していた。他にも月の神殿や炎の神殿等があり、神々の他に精霊も存在すると信じられていた。雑多なものを受け入れるその大らかな体制は、人と物の交流を促し、商業的な発展を遂げて今に至る。
砂漠という過酷な土地ながら、すぐ近くに海を要し、自由な街の空気を作っていた。
この祭りは、太陽神がこの世に降り立ったと言われる降誕祭。夜に始まり、人々は明け方まで騒ぎ、そして朝太陽が昇ってくるのを皆で迎える。この日寝るのは、歩けない病人と赤ん坊だけだと言われていた。
「大きな声じゃ言えないが、最近は神殿もやる事が商売人みたいだよな」
と、客同士の話し声が聞こえた。
サマリは不穏な空気を感じ、机の上の片付けをしながら耳をそば立てた。
続く
スペシャルサンクス!🌹サメコちゃん🦈